「困ってるひと」大野 更紗

大野 更紗
ポプラ社

¥ 1,250

(2011-06-16)

 
資本主義の魔の手から隔絶された福島の田舎町「ムーミン谷」でのんびりしたムーミンパパとムーミンママに育てられた町一番の優等生の筆者が、フランスに憧れて上智大学に入学、入学後、ミャンマー難民問題にぶちあたり、NGOに同行して国境地帯に行ったりフィールドワークしている間に、難病発生! 1年間も診断がつかず、最後に「オアシス」と彼女が呼ぶ病院で1ヶ月検査を受け、ようやく病名がわかる。プラの容器に味も素っ気もないご飯を出す普通の病院と違い、陶器の器で心のこもった料理を出してくれる天国のようなその病院は、”大難病リーグ養成ギプス学校”でもあった・・・・
カサイさんが「おすすめだよー」と貸してくれたので読んでみました。こんな人生の子がいるんだ、多分、それも私の今住んでいる家から半径5km以内に・・・。こちらに、「困ってるひと」のまえがき全文が掲載されているので、ご興味がある方はどうぞ。

作中、彼女は社会保障制度の「なんじゃこらぁ!」さ加減に辟易しながらも、最後にはたくましく立ち向かっていきます、ロンロンで買った杖をつきながら、1984年生まれのうら若き難病女子が! 
現在、彼女はTwitterもやってるし、精力的に活動もしているみたいです。さきのまえがきが掲載されているサイトで、活動の内容も知ることができます。重松清さんとの対談は、本好きな人々が口に出したかったけどうまく文章にすることができなかったことが満載で、うんうん。いや、なんかもう、こんなこといっちゃなんだけど、面白かったです・・・・・。イラストは能町みね子さん。

甲本雅裕さんのような婿がほしい! 映画「花のあと」


バンダイビジュアル

¥ 3,243

(2010-09-24)


藤沢周平の同名の短編「花のあと」を原作にした映画「花のあと」。短い物語ながら初めて読んだときから一遍で好きになったおはなしで、映画化されたときは見にいこうかちらどうかちら、と逡巡した末あまり人気が出なかったからか早めに公開終了してしまい、結局見はぐってしまったこの映画。見る機会を得た。見た。よかった。甲本雅裕のような旦那がほしい、そりゃーもーほしい、全力でほしい。


海坂藩で五百石取りの家の一人娘・以登(北川景子)。剣術に夢中で道場破りも何度かしちゃう女の子。でも、武家の娘ですので、立ち居振る舞いが粗雑ということもなく、花嫁修業もこなしている毎日。彼女には数年前に会ったきりの許嫁の才助さん(甲本雅裕)がおり、江戸詰めからもどってきてから結婚するとかしないとか、えー、私、結婚するんだー、といったぼんやりんぬな毎日。ある年の春、城内を開放してのお花見の席で、イケメン剣士・内藤孫四郎どのと会話を交わす。「相当な剣術使いと伺っておりますが、一度手渡せしていただきたく御座候」というわけで、以登パパ(國村隼)立会いのもと、お屋敷の道場内で竹刀で試合うふたり。竹刀以上になにかを交し合った二人だが、その部屋住み・孫四郎にも三百石の家への婿入りの話が決まっており・・・・。


で、この映画、市川亀治郎がたいそうな極悪人として登場いたします。亀治郎の下種っぷりを拝めるだけでも価値あります。
そして上でもおはなししましたが、甲本雅裕が素晴らしい、婿にするなら雅裕さんですわ。食事どきにおかわり何杯もするけど、友達呼んで「げへへ、俺の嫁さん、かわいいっしょー」と自慢したり、長酒したり、「俺おしっこー」と酔っ払ってペロンと北川景子のおしりを触ったりするけれど、あぁそれでもやっぱり婿にするなら甲本さんです。続きは見てのお楽しみー☆ 
時代小説の雰囲気たっぷりに、生真面目に作られた作品です。機会がありましたらぜひ!

暗い街

地下鉄の駅が節電のため暗いけど、これくらいでちょうどいいよって明るさとも言える。
「なくても平気」な電力は、これからどんどん節電しちゃっていいと思うよ!
香港のエルメスたんを各所でまわりました。今日、仕事帰りにちょいと覗いてみた日本橋三越のエルメスたん、ハンドバッグに限っていえば、も・もしやアジア一の品揃えなのでは? 香港のショップはどこもあんなに品物なかったぜよー。あんなに色数豊富じゃなかったぜよー。
その百貨店は午後6時で閉店。店内の隅っこに設置されている銀行系ATMも節電のため稼働しておらず。これも「あれば便利はなくても平気」なものなんじゃろうか。
「買い締めするなら本屋でー☆」という画像をtwitterで見たので、今日は漫画とエッセイを、酒屋ではブリュット一本買ってきた。3月11日前とそれ以降では歴史がぱきりと変わってしまったのだな、と思いつつ。。。
今日の漫画 ↓ 。

電線のからみし足や震災忌 京極杞陽

京極杞陽
 電線のからみし足や震災忌
久保田万太郎
 波の音をりをりひびき震災忌


 震災忌向きあうて蕎麦啜りけり


 かまくらの月のひかりや震災忌
久保田万太郎も京極杞陽も明治生まれの人。明治41年生まれの京極杞陽は15歳で震災にあい、生家である旗本屋敷を消失し、父母、祖母、弟、妹を一度に失う。残された姉と二人でいきぬき、昭和になってから俳句に出会い、俳句雑誌「ホトトギス」に名を連ねることになります。久保田万太郎も明治生まれ、だけどちょっと世代をさかのぼり22年の生まれ。震災には三十代で遭う。その震災にあった世代の違いがこの俳句に出ていると思います。
ここでいう「震災忌」は大正の関東大震災だけれども、平成の今は阪神淡路大震災のことを示すことも多いと思います。今日は1月17日。


結婚式でお花もらってきた。
「東京(在住)組はでかい花をもって帰ってね☆」ということで
高砂に飾ってあったお花をごっそりと。
カーネーションはウカ様の大好物で、アワワ、早速むしゃむしゃやられました。

自分メモ

今日の成果、ダンボール箱5つ→無印の箱1つに。
昼間、所用のため銀座へ。今日まで休みな人が多かったのか、結構な人出。
大丸のイノダコーヒーでビール飲んで帰ってきました。
今日の難点。
持っていたバッグからiPadがちょこんと頭を覗かせており、なんだか居心地が悪い!
女性陣iPadユーザーはどうしているのかちら!