初彼岸見舞いを提げて黄水仙/男の人ってどうしていっつもそうなの?事件

土曜日、お仕事と飲み。
日曜日、各地の物産館、物産展めぐり。いろいろ言いたいことがある、ダメ出しという点で!
月曜日、お彼岸で日帰り長野。

朝6時台の高速バスで長野へ。途中のSAで下車、甥・姪の乗った姉の車に合流。買い物して実家へ。掃除、墓参。父親の遺影を所定の位置へ飾る。家の掃除をしていると、叔母と叔父がやってきてくれた。そこで初彼岸見舞いというものをいただく。四十九日を二回経て、なんとなくご縁が薄くなってしまったような気でいたけれど、二人の来訪に心強く思う。その後、昨秋亡くなった叔父の墓参りと叔母の見舞いを。帰りに姉の家の子猫を愛でて、小さな生き物のをぬくもりを存分に味わい、ガブガブされて帰って参りました。

 

三連休最終日の中央道が渋滞しないはずはなかろうと、帰りは特急あずさで。地元のコンビニで小さいボトルのイヅツワインを赤白買って、飲む気満々で乗り込む。私は通路側、窓側の席には男性サラリーマンが。

男性サラリーマン、席に着くなり靴を脱ぐ。なぜ?! なぜ!? あなたの靴下がグッドスメルマンだとでも? そして肘掛け専有、足は私側に大きく投げ飛ばす。座席の中央にある肘掛けは、他人同士が座った場合には肘掛けとして使うものではなく仕切り板だと認識しているんですけどー、なんでそんなグイグイくるの? どうして? どうして? そんなに広い空間が必要ならグリーン車へお行きなさいーーー。と、八王子あたりまで我慢してきました・・・長かったよぅ・・・。

肘掛け問題はさておき、あったりまえのように靴脱ぐのはやめておいたほうがいいんじゃないかしら。特急電車なら靴脱いでもいいという法律とかあったかしらどうかしら! なんで靴脱ぐの? 自宅? あ、そうかー、自宅かー、自宅だったら靴を脱ぐよねぇー。よく「車内で女性が化粧するのは見苦しい!」っていうけど、おっちゃんらも結構見苦しいですよ? みんな仲良く、気持ちよく、車内空間共有しよう!

桔梗ヶ原イヅツワインはおいしかったです。赤がおすすめです。
井筒ワイン スタンダード 赤 720ml × 12本 中口 [ イヅツワイン 桔梗ヶ原 ]

父さんは保険かけない人でした

母は保険や定期にいくつも入っていて、亡くなったあとの整理が大変でした。手続きの煩雑さに、お葬式代だけ残してくれればいいんやでぇと思いもしましたが、いろいろの手続きが終わったあとには、田舎とはいえ決して少なくはないつきあいに掛かる金額を子どもたちが心配しなくてもいい状態にして残していってくれたことには本当に感謝します。なんて立派な人なのか。

その点、父親は、国保だけ、生命保険も傷害保険も入っておらず(土地建物家屋を守る保険には入ってました)手続きするべきものがなにもない。せいぜい「もう年金要りませんので」と年金事務所に申し出るくらい。入院中の費用は、高額医療費制度を利用してその範囲内で賄うことができました(個室などの実費は別)。ほんとうに、高額医療費制度ってばありがたい。これで子どもたちも父親も困ることは全然なかったのでございます。

などと言ってるわたしは、共済をひとつ、障害保険に強い生命保険をひとつ、で、一昨年した入院の給付金が先ごろ還付されました。合算しますと「おぉ、一人暮らしサイズでしたら引っ越しできますやん」な金額。でもねでもねでもね、全然モトは取れてない。そりゃーいただければ嬉しいですけど、共済はいままで220万、生命保険は384万も振り込んでいて「これかい」という金額(とすると共済のが全然具合がよいではないですか!)。

保険に入っていなくて、ただ入院して、そこで出費したら全額20万の出費。
保険に入っていて、入院して、給付されても全額500万以上の出費。

とはいえNO保険だったらどうするのか、たまたま自分が健康体だからよいものの、そうでなかったらどうなのか、途中で保険を止めることが一番アホらしいと人は言う、しかし実際のところどうなのか、教えて竹川美奈子先生!、な春の日でございます。斗比主閲子さんだったら既に答えはでていることじゃろうて。

一番やさしい!  一番くわしい!  個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)活用入門

ちいさなオールインワン仏具 Sottoシリーズ ポタリンのお話、続き

ポタリン(金色)

おりんの音もよいし、見た目も良いのでとても気に入ってますが、あまりにもコンパクトすぎるためにいくつかの使い勝手の悪さが。

 

線香立ての灰を捨て、お線香一本炊いてチーン、が朝の一連の動作です。

線香立てから前日の線香を抜き取り、線香立てに落ちた灰を毎朝捨てるというのが少しだけ面倒。猫の飲み水を毎朝変えるのと同じくらいの面倒さなので大した面倒ではないですが、ほんの少しだけ面倒。

線香立てはこんな感じの1本立て。うん、一本でもいいんですけど、お線香の幅ぴったりに作ってあるので(素晴らしい匠の技ですが)、まれに燃え尽きた線香が詰まってするっと取れないことがあります。同じメーカーの同じ線香でも燃え方がいろいろあるのでしょうか。

また、線香立ての器の口が小さいので、燃えていく線香の灰がまわりにこぼれ落ちます。もう少しだけ大きくてもよかったですかね。


この仏具セットに一輪挿しも同梱されていましたが、逆にこのサイズに収まる切り花を探すのが難しく、使ってないです。お鈴を鳴らす棒を掛けておくものとして使っています、でも本来の用途じゃないよね。

このセットでもよかったけれども、同じメーカーのおりんだけ買って、線香立ては普通にわら灰を入れておける普通のものにしておけばよかったな。線香立てがミニマム過ぎました。溢れる灰を台拭きで毎朝拭くので、机の上が綺麗に整ってよいことかもしれないですが。

デザイン仏具:おりん cherinチェリン [ウッドゴールド] グッドデザイン賞受賞仏具

しかし実家には立派な仏壇が置いてあるし、北陸のご家庭には絢爛な仏間があると聞きますが、いまのご家庭ではどうなのでしょう。位牌を私が預かることになったら(でもこの戒名が書いてある木の札になにの意味合いがあるのか正直よくわからない。だからといってないがしろにするというわけではないですが)、仏壇買ってもいいんだけど、このあたりのものなんてシュールレアリズムすぎてどう扱ったらよいのでしょう。わたくし、絶対、猫と一緒に写真を撮りますわよ。あと、無印でパーツ買ってきたら作れそうで・・・・

お友達からお悔やみのお花とお線香のセットをちょうだいしました。桐箱に入ったお線香というものがあることを、わたくし、初めて知りました。月末には、四十九日と亡くなった両親の確定申告をしに帰ります。亡くなった人でも確定申告するんだなぁーって思いながら。まぁするんですけどね。

紙焼きの写真を束ね久女の忌(鶉)/父親の遺影を選んだお話

母親の遺影は、何年か前の家族集合写真から選んだ。私が持っていった一眼レフでホテルの方に撮ってもらった写真で、「ぐぬぬぬ。肌の色が・・・」と正直思いはしましたが、優しそうな笑顔で収まりがよいかな、とそれにした。というのも、その写真、母が病気になる直前の写真で、わたしたち家族にとっては「母親が元気だった頃の最後の写真」という意味合いが強いもので、半年経過したいま見返すと、体重も落ち始めていた時分のもので母親的には不本意だったかも。お葬式の前後はこの写真がベストだと思っていたけど、母親からしたら「えぇーこれしかないの?」と文句つけてきかねない。

だいたいお母さん、こんな優しい笑顔が似合う人じゃなかったじゃん。もっと豪快に笑って、元気で、力強くて、パワフルで、孫に囲まれて幸せなおばあちゃんとして満足するような人じゃなかったじゃん、って今なら思う。今回、父親の遺影に使う写真を探してみたら単焦点レンズで撮影したいい表情のものがたくさん出てきて、こっちから選べばよかったなーと後悔しまくり。

父親の遺影は、10年前の正月、小さい孫達によじ登れられて「うひーもう勘弁してくれー」と笑っている写真にした。葬祭屋さんに「遺影には、この写真を使ってください」とメールで圧縮せずにデータを送る時代ですよ。なんたるなんたる。それでもって父親の名前にはある文字の異体字が使われているので、墓石屋さんから戒名の確認がPDFファイルで届く時代ですよ、にゃんたるにゃんたる!

その父親の「うひー勘弁してくれー」写真ですが、お父さんのこんな笑顔を私たちは何年も見てなかったな、と。こんないい笑顔のハンサムな爺さまだったのかって忘れてたよ。2012年に病気になってから、薬の影響もあり母の性格がきつくなり、父親になにかと当たることが増え、ギスギスした空気の中で日々を過ごしてきた。あんなふうに朗らかに笑えたことがついぞなかったのでは。それは母親も一緒。

私の手元には真夏の公園で大口開けて笑ってる母親の写真が残っているけど、この笑顔を見せてくれたのはもう5年以上も前のことだったのかと。4年近くの長い間、母は病と戦ってきたのだと、どんな思いでその時間を過ごしてきたのかと思うと、考えるだけでいまでも涙が出る。でも、そんな将来が待っているなんて微塵も感じさせない、いい笑顔の写真があるんですよ、今も声が聞こえそうな大口開けて。ふざけてなんの気なしに撮った写真だけれども、これをデータに残しておいて本当によかった。こっちを自宅の遺影に差し替えようと思う。

 

葬儀後に親戚に挨拶まわりに行き、母親の姉の家にも寄ってきた。叔母は母ととてもよく似た顔立ちの人で、お母さん、ここにいたんだーってちょっとうれしく思った。おばさん、元気でいてね、お母さんの分もね。