しまむらでよかったんです秋の空/当代喪服事情 しまむらで喪服買えるって知ってた?

洗える 夏用 レディース 喪服 ブラックフォーマル 前開き ワンピース 132928430_bo (19号)

四十九日は法要のみだったので洋服の喪服で出席しました。しました、しました。ふと思い返すに、これって、もしかしたら西暦2000年の前年に祖母の葬儀にあわせて伊勢丹で買った喪服ではないでしょうか。伊勢丹タンでごまんえんとかそれ以上のお金を買った喪服ではないでしょうか。いや、ちょっと待って。サイズが13号ってある。私、そこまで大きかった時代あったっけ? 姉ちゃんからのお下がりだったっけ? どうだったっけ? しかもこれボレロ付きで冬物だね、ま、いいよね、喪服だし、ということで対して暑くも感じなかったのでそのまま過ごしていたのですが・・・ですがですが!

次女姉ちゃん(とと姉ちゃんと同じアクセントで)の喪服がシャレオツい・・・ムーコちゃんだったら「ファーンタスティーック!」と叫びたくなるくらいシャレオツい。なんですか、いま、袖がスケスケの夏の喪服とかあるんですか、ほほぅ、まっすぐに近いであろーウェストをマークして、マダムながらほっそりかわいらしく見えるデザインです。長女姉ちゃんの喪服もシャレオツい。やっぱりAライン。妙齢の女性の凹凸のなくなったウェストがあるように見えるAライン。いまってこういうシルエットの喪服が多いんだね。

それに引き換え私の喪服だけなぜこんなに前時代なのかちら! 長女は大組織の中で働いてるし次女は地域社会でがんばっている、彼女たちが私に比べて喪服を着る機会がはるかに多いのは想像つく。自営業の私なんて親族友人系しか葬儀の機会がないですし。いや、それにしてもわたくしの野暮ったさときたらなんたること! 嘆かわしい! 誰も見てないけど、誰も気にしてないけど、嘆かわしい!

てな話を法要のあと、麦酒飲みながら長女姉ちゃんと話してたら、
「あの喪服? しまむらだよ? 税込一万円とか」とのこと。
「え、しまむら、しまむらって喪服売ってるの?」
「そうだよー体型変わったら買い換えるのよ、黒って褪せるから惜しみなくバンバン変えてくの」
おぉ、おぉ・・・こんなところにも・・・・こんなところにも価格破壊の波が・・・・

そうなんです、しまむらで喪服が買えるんです! 急な悲しみの時にデパートのブラックフォーマル売り場に慌てて駆け込まなくてもいいんです! デザインなんてバンバン変わっていくんです! 体型だって変わっていくんです! しまいこんでおけばカビが生えることもあるんです! そんなときに「あわぁぁぁーシステムが改悪されたアイカードで買ったブラックフォーマルがぁぁぁぁ」などと地面をダンダン叩いたりせずにするために、急事にはしまむらで済ませちゃえばいいんです!!! うぉぉぉーうちの近所にほしぃぃぃーしまむらぁーーー!!!!

あとですね、父親の入院付き添い用にしまむらででっかいチュニックな部屋着とレギンスの組み合わせを買ったんだけど、「うぉぉぉぉぉーなんでこのシステムを早く導入しなかったのかぁぁぁ!」という快適さでした。その格好で実家内をうろついていたら姪っ子たちに「そういう格好っ初めてみた」「悪くない」「シンナキサラ!」と褒めそやされました。ああいうシルエットに抵抗があったんだけど、着てみたらわりとよかった。今後は積極的に取り入れていきたいものですな、新しいものやことに怯えずに!

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野分くる父はそんなにボケてるか?/周囲の対応にモヤモヤしっぱなしなんですよー

認知症ケアガイドブック

母のプライバシーは大事にしたいんだけど、父のはもうなんだかどっちでもいいかなってのがまた・・・。

天皇陛下と同い年の父、認知症だという判断をされているのですが、どうなんだろうーどうなんだろー、確かに徘徊もする、物忘れは激しい、自分の痛みに鈍感だ(それはそれで救いだ)。でもどうなんだろー、この周囲の人の父に対する扱いは一体どういうことだろー。

まず、看護師さんたち。あのぅ、父ってばそんなに耳が悪くないんですけど、どうしてそんなに大声で話しかけるの?

「ウカヌマさんがー具合悪いのでー点滴をー入れてるんですよーあとー30分ーがんばってねー」

ねえねえ、なんでそんな子供扱いするの? ボケてるけど83年生きてきたじいさまですよ。補聴器が必要なほど耳が悪いわけじゃないんですよ。看護師さんたちってある程度の年齢の人には大声で話しかけないといけないというルールがあるの? 普通に扱ってくれませんか? 30代とか40代の人間に話しかけるように、普通の声量で声かけてもらえませんか? 大声で話しかけたところでなにか事態が好転するとも思えないんです。馬鹿扱いされてると感じて凹んじゃうだけだと思うんです。

そして姉ちゃんたち。どうして大声で、看護師さんと同じように音節音節を区切って大声で話しかけるの? お父さん、そんなに弱ってないよ? そりゃー確かに金曜の朝はそれぞれの数値が死にそうな値を叩き出していたけど、それと意識が明瞭じゃないかどうかはまた別ですよ? 尊敬の念をもって接してとは言わないけれど、お父さん、いま必死に生きてるんだよ? そんなに看護師さんみたいに振る舞わなくてもいいじゃない。自分の父親じゃないすか。

母の死から「うち」があっという間に崩れていく音がしてるの。家を継ぐ人がいないうちってこんなふうにしておわっていくんだ、という流れが早いの。この話、まだまだ続きます。

生前は母がお世話になりまして/日曜日は四十九日でした

9月3日が母の四十九日になるのですが、お寺の都合で前倒しで執り行いました。しかし相変わらず実感がわかない、やはり看取ってないからかしら。

体力的にも健康面でも一人暮らしができなくなってしまった父親をどうするか、グループホームに入れるか、娘達の家を転々としてもらうかどうするかなどと話し合いをしつつも、姉の家にしばらく身を寄せていた父ですが、体調を崩し、というか、うっかりするとそのまま死んでしまいかねないほどの状態に陥り、金曜の午後に急遽入院。もともと四十九日のために帰省する予定でいましたが、PCたたんで慌てて長野行きの高速バスに飛び乗る。

6月に入院した折には「不穏」症状をばりばりと見せつけ「不適応患者」と烙印を押された病院に、姉の車で再入院することになった父親。「夜、あばれそうですねー、前回も暴れましたし」とチラチラこちらを見つめる看護師さんたち、はいはい、わたくし付き添いいたします。病院近くのしまむらに行ってパジャマにもなりそうな部屋着を買って籠城開始。

途中、カウンセラー(?)の女性が入ってきて「今後お父様はどんな施設に入れるのをご希望されますか」とヒアリング。若いお嬢ちゃんが世間話に来た印象でしたので、親戚の看護師に「あれは一体どういうサービスなの?」と質問してみたら「その会話一件で点数つくんだよ、だから置いてるんだよ、うちの病院も点数稼ぎのためにいれてるよ」とのこと。ひぃぃ。レセプトの世界のよくわからん事情!

付き添い寝は14ヶ月ぶり二度目。付き添い用にはサマーベッド。ベッドをぎしぎし言わせながら眠ろうとすると、トイレを探し徘徊する父親の足音で起こされる。絶対安静なのでベッドの脇にポータブルトイレを取り付けられているのに外に出ようとする父。「お父さん、トイレはそこだよ」「どこ?」「ベッドの脇にあるじゃん」「あぁこれか」とやりとりし、父がトイレにまたがるのを確認すると廊下に出てそれが済むのを待つ。そういうルーティンを40分に一度繰り返し、眠る隙がないなーとウトウトしだした朝5時、ハッと気が付くと看護師さんが父の腕を掴んで病室に入ってきている。「お父さん、トイレ探して別の棟の中を歩いてたんですよー、あ、寝ててください、寝ててください。もうシフト入れ替わってるんで大丈夫ですよ」と上から声をかけられる。「あ、そうですかーすみまs」、その後は朝の10時まで爆睡。その間、私の頭の上を父のポータブルトイレのバケツが何度となく行き交ったようですが、もういい、睡魔には勝てないし勝つ気もないよ。6月の入院のときほどの不穏は出てこなかったし、夜には姉も病院に来ることになっていたので、わたしも一度実家に帰ることにした。思えば6月のときの不穏は、お母さんの面倒は誰がみるんだという思いがそうさせていたのかもしれません。もう夫婦愛ってさっぱりわからない。

実家に帰る途中、実家の鍵を自分が持っていないことに気がつく。だって帰れば必ず誰かがいる場所だったんだもの。誰かが鍵をあけて待っていてくれてる場所だったんですもの。鍵なんて持ってないよ。という話を姉にメールしたら「ごめん!お風呂の窓の鍵閉めてないと思う!そこから入って!」という返事が。ここでスガ句。

 姉ちゃんの防犯意識はザルのよう

お風呂に回ってみたら確かに開いてた。小さな窓なのにうまいところにうまく柱があったりしてするりと家の中に入れた。この年になるまで、誰も待っていない実家に帰ったのが初めてだった。あぁお母さんもいない。四十九日の前なのに父親もいない。すべての窓を開け放して空気を入れ替えて、線香つけてソファでウトウトしている間に夕方になり、病人食ではない老人食でもないおつまみレベルの夕飯を作り、ビール飲んでたら「お父さん、大丈夫そうだったから付き添いいいってさ」と姉が帰ってきた。「あんたと二人っきりにこの家にいるのって初めてよね」「そうね」とちょっと話してからまた缶ビールを開けて早めに寝る。そして朝4時に起きて四十九日法要の準備を始めるも、「ごめん、ねえちゃん、わたし眠気が辛くて吐きそう」といってリタイヤ。姉も「だよねぇ」と続けてリタイヤ。朝7時に改めて起きて法要の準備。

日本家屋ってのはよくできてますのと感心しながらリビングの家具をどけてふすまを外して広いスペースを作っていると、親戚が続々とやってきて、最高級プリウスに乗った和尚さんもやってきて、法要開始。父親も病院から外出許可をもらって酸素を背負って帰ってきていた。しかし病院で鎮静剤を盛られていたらしく、なかなか目が覚めない。父にしてみれば、この四十九日法要を無事済ませたい思いでこの一ヶ月を過ごしてきたはず。かわいそうだったけど、隣の部屋にソファを移してそこに横になってもらい、読経を聞いてもらってた。納骨の際には、私が家のなかに父の付き添いのため居残り。足の悪い母の姉も居残り。二人の間をくるくる移動して間をもたせているうちに、納骨が終わった人々が帰ってきた。

スマホの中に数カ月前まで元気だった頃の母親の写真や動画が残ってるんだけど、もう家の中に遺影と位牌しか残ってないの。あの人はどこにいってしまったのでしょう。

あれごらんバードマンのおじさんが/映画「スポットライト 世紀のスクープ」

スポットライト 世紀のスクープ[DVD]

あらすじはギンレイホールのサイトから。
2001年の夏、ボストン・グローブ紙に新しい編集長が着任すると、特集記事欄《スポットライト》チームに、ある神父による性的虐待事件を掘り下げる方針を打ち出した… 巨大権力に屈することなくジャーナリスト魂を貫いて衝撃の実態を報じた記者たちの内幕を克明に描き出した社会派ドラマ!

ボストンという街は、レッドソックスの上原が住んだり、元ナタリーの唐木さんが住んでいる街ではありませんか。なんと美しい街なんでしょうと感心しながら観賞しました。

以下、オチになるのでこれからご覧になる方はお読みにならないほうが。

デスパレートな妻たち シーズン6 コンパクト BOX [DVD]

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(字幕版)

その美しい街で起きた不祥事をまちぐるみで隠していた。故意ではないにせよ、この記事を暴き出そうとしたジャーナリストも、過去にこの件に触れた機会があったのにそのことに興味をはらってこなかった、と気がついたときのバードマンのおじさんの苦々しいような、恥じるような顔がよかった。あ、あと、デスパレートな妻たちでえらい目にあって死ぬ俳優さんも出てました。全体的に渋い落ち着いた配役で、人間とはなにかを考えるにはよい作品だったと思います。ギンレイホールで。

控えめに言って解せぬと秋の猫/解せない様子でも蒲田ちゃんみたいでかわいいよ!

ムカついてますなー。いい感じにムットしてますなー。

「KA・TA・DU・KE・RO!」

真夏でもフサフサで大変だねー。
でも、もう虫が鳴き出してきてますからね。
麻布十番祭りが終われば秋がやってきますよぅ。