西行も小者と笑ふ草紅葉/奥川恒治の会「江口」

秋分の日は能楽師奥川恒治さんの会で「江口」を。観世喜正先生が江口にちなみ仕舞「西行櫻」を、狂言は川つながりで「名取川」を。江口ってこんなお話です。あらすじは奥川さん公式サイト・特設ページから。

諸国一見の僧(ワキ)が津の国( 大阪) 天王寺に向かう途中、江口の里に立ち寄ります。僧は昔西行法師が江口の遊女に一夜の宿を乞い、断られたことを思い出し西行の歌を口ずさみます。すると一人の里女( 前シテ) が現れ、ただ宿を惜しんだのではないと言い、その返歌に言及します。「執着を捨てよ」僧が里女に素性を尋ねると、江口の君の幽霊と言い残して消え失せ・・・

この能楽のあらすじを読んだときの感想は、「なになになに、これって地味なテーマなの? 派手なものなの? 川舟は出てくるみたいだけど、もしかしてハリボテの象が出てきたりするのかしらどうかしら!」というもの。こういう能楽師さんが自分の名前を銘打って開催する独演会(独演会っていっていいの?)では番組作りもひとつの見所だと思うのですが、西行とやりとりした遊女の幽霊ってテーマってもしかしてかなり地味な話なんじゃないのかしらんと。

もう少しあらすじを噛み砕くと以下のようになります。

出家した西行法師が昔、江口の里で里の遊女に「一晩宿を貸してください」とお願いしますのん。そしたら「あなたに貸す宿はございません」と断りますのん。それを西行ったら『世の中を厭ふまでこそ難からめ 仮の宿りを惜しむ君かな(意訳:たった一晩宿借してっいったのに、貸してくれないケチな遊女がいた場所ですよ、江口ってところは)』なんて歌にしちゃったの。西行レベルがうっかり和歌を作ると後世に残りますでしょ? 江口の君は頭がいい遊女だからちゃんと返歌をこさえてるの、『世を厭ふ人とし聞けば 仮の宿に心留むなと思ふばかりぞ(意訳:あんたぁ出家したっつーわりに、一晩の宿借してくれとか全然現世に執着してますやん、ほんとに出家したんですの?)』というのを。だけど、西行の歌ばかり目立っちゃって、「連投ツィートしてるのになんで一部分だけ引っ張りだすの!」「Tumblrで都合のいいとこだけ抜書しないで!」「あたしゃ、そういうのを見るたびに幽霊になって諌めてるんだよ!許さないよ!」とばかりに諸国の僧に注意しますの。諌められた僧は「そうでしたか、それは大変失礼しました」と素直に謝り江口の君は一旦退場。
僧侶は「もしかしたら夜になったらもう一回幽霊がくるかもしれないから、夜まで待とうぜ!」と仲間たちと相談して、待つことにしましたのん。ここで中入りです。

さて夜になりました。川舟に乗って江口の君がやってきます。江戸時代でいうところの禿に相当する若いお嬢ちゃんでしょうか、もうひとりは年増のお姉さんのようです、ちゃんとお面で年齢がわかるようになっているのですよ、素晴らしい。僧たちが見守っていると江口の君たちは優雅に舞いながら、生死の悲喜を巡る因果を説き始めます。ここは地謡とシテの仏の教えコールアンドレスポンス大会です。地謡が「それ十二因縁の流轉は車の庭に廻るが如し」とうたえば、シテが「鳥の林に遊ぶに似たり」、「前生また前生」と続けて「曽て生々の前を知らず」と、コールアンドレスポンスが続きます。大鼓、小鼓、笛と人間の声だけのミニマムな世界です! この凛々しいミニマリズムにわたくはいつも胸が熱くなるのです。中東の王様が天皇陛下と会談された部屋がシンプルすぎると話題になったけれども、それにも通ずる潔さです。そしてクライマックス、彼女が乗っていた舟は白象となり、江口の君は眩しい光の中、普賢菩薩と姿を変え西の空へ飛び去っていくのです。

江口の君は西行にこう諭しているのです、『執着を捨てよ、わたしみたいな人間にはよくわかるのです、所詮この世は仮の宿だというのになぜ出家までした西行ともあろう方がその執着を捨てられるぬのか』と。あぁ、これはまるで坂口尚の「あっかんべェ一休」ではありませんかと、途中でガタリと身を起こしそうになりました。坂口尚のこの作品では、一休の時代にいあわせた世阿弥が能を確立するまでの物語も描かれています。わたしはこの作品の隅々を思い出しながら観賞しましたの。若い一休が干し柿を持って瀕死の遊女の小屋にかけつけたシーンが何度もオーバーラップしましたの。ずるずるとした乱世の時代を生き抜いた世阿弥は、能を通じてこういうことがいいたかったんだよね、そしてこれが「能」というものなののよね、と、うまく説明できませんが、ヘレン・ケラーのウォーター並にドガシャーンと衝撃を受け、なんとなく理解できたような錯覚をしています。

最初は地味ーな作品かと思ったのですが、能楽エッセンスの密度の濃さがたまらないよいお能でした。地味っぽいんだけど、地味っぽいテーマかと思ったんだけど!! ていうか、わたし、あの漫画読んでなかったら「江口」を見てもぴんとこなかったのかも、ピンとこなかったのかもーーーーー!!!!

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