弘法大師生誕1250年記念 特別展 空海と真言の名宝(東京国立博物館)

コンセプトは、「日本中の真言密教のお寺から秘宝・秘仏を集めました! 一気に見られる大チャンスだよ!! 見逃すな!」というもの。たとえば三重の観菩提寺の十一面観音菩薩立像は33年に一度ご開帳されるもの。いやいやわたし、こういう御開帳ものは、だいたい当日夜のニュースで知るタイプだから、上野でいちどきに見られて本当にラッキー。

とにかく大変ありがたい大展覧会で、それぞれの仏像や図像を手を合わせて拝みながらまさに拝観している方もちらほら。入館者の平均年齢は高め、じっくり見るには二時間必要、出し惜しみなしの盛りだくさん展示会。真言宗各派十八本山を見てまわるには時間と体力が必要になるだけど、上野の東博にくれば一度で済んじゃう。ちなみに当展覧会の20万人目のお客様は京都の方で、京都の方がわざわざ足を運んでみるくらいのレア集合っぷりです。この機会をぜひお見逃しなく!! 

音声ガイドは大塚明夫さんとMISIAちゃん。MISIAちゃん、滑舌よく聞き取りのよい鈴のような声でとても素敵なガイドだった。ボーナストラックの東京国立博物館の本展担当研究員の「すごく個人的な仏像だから秘仏にしてるというものもある、出し惜しみしているから秘仏扱いになっているというわけでもない」という秘仏について理解が深まるメッセージも非常によかったです。

真言宗各派十八本山

つまり国内の真言宗ホールディングスの各社が一番いいものを持ち寄ってくれた展覧会ともいえます。

長谷寺(真言宗豊山派総本山 奈良県桜井市)
仁和寺(真言宗御室派総本山 京都府京都市右京区)
寳山寺(真言律宗大本山 奈良県生駒市)
智積院(真言宗智山派総本山 京都府京都市東山区)
朝護孫子寺(信貴山真言宗総本山 奈良県生駒郡平群町)
勧修寺(真言宗山階派大本山 京都府京都市山科区)
大覚寺(真言宗大覚寺派大本山 京都府京都市右京区)
醍醐寺(真言宗醍醐派総本山 京都府京都市伏見区)
根來寺(新義真言宗総本山 和歌山県岩出市)
中山寺(真言宗中山寺派大本山 兵庫県宝塚市)
金剛峯寺(高野山真言宗総本山 和歌山県伊都郡高野町)
西大寺(真言律宗総本山 奈良県奈良市)
教王護国寺[東寺](東寺真言宗総本山 京都府京都市南区)
清荒神清澄寺(真言三宝宗大本山 兵庫県宝塚市)
泉涌寺(真言宗泉涌寺派総本山 京都府京都市東山区)
善通寺(真言宗善通寺派総本山 香川県善通寺市)
須磨寺(真言宗須磨寺派大本山 兵庫県神戸市須磨区)
隨心院(真言宗善通寺派大本山 京都府京都市山科区)

今回のみどころ

国宝「信貴山縁起絵巻」(奈良・朝護孫子寺蔵)
国宝「十二天像」(奈良・西大寺蔵)
重要文化財「聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)」(京都・教王護国寺[東寺]蔵)
「弘法大師坐像」(和歌山・金剛峯寺蔵)
重要文化財「十一面観音菩薩立像」(三重・観菩提寺蔵 33年に一度のご開帳)
重要文化財「如意輪観音菩薩坐像」(大阪・大門寺蔵)

音声ガイド

弘法大師坐像(和歌山・金剛峯寺)
三十帖冊子 第六帖、第十八帖、第二十二帖、第二十四帖、空海ほか筆(京都・仁和寺)
後宇多天皇宸翰弘法大師伝 後宇多天皇筆(京都・大覚寺)
後宇多天皇宸翰御手印遺告 後宇多天皇筆(京都・大覚寺)
金銅錫伺頭(香川・善通寺)
五大尊像(京都・醍醐寺)
深沙大将図像(京都国立博物館)
深沙大将立像 快慶作(和歌山・金剛峯寺)
高雄曼荼羅図像 胎蔵界 巻第一、巻第四 金剛界 巻上、巻中(奈良・長谷寺)
五大力菩薩像 豊前五郎為広筆(和歌山・普賢院)
後七日差図(密要鈔のうち)(京都・仁和寺)
聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)(京都・教王護国寺[東寺])
十二天像 水天、風天(奈良・西大寺 前期は羅刹天)
弘法大師・丹生高野両明神像(問答講本尊)(和歌山・金剛峯寺)
弘法大師・丹生高野両明神像(和歌山・宝寿院)
信貴山縁起絵巻 前期・飛倉巻、後期・延喜加持巻(奈良・朝護孫子寺)
石山寺縁起絵巻 巻第一、巻第二伝高階隆兼筆(滋賀・石山寺)
金銅透彫舎利塔(奈良・西大寺)
釈迦如来坐像(奈良・西大寺)
地蔵菩薩立像(京都・大報恩寺)
如意輪観音菩薩坐像(大阪・大門寺)
十一面観音菩薩立像(三重・観菩提寺)
薬師如来坐像 円勢・長円作(京都・仁和寺)
五智如来坐像(京都・安祥寺)

深沙大将図像と立像

音声ガイドでも紹介されていたのだけど、京都醍醐寺の深沙大将図像と、その正面に展示されていた快慶の深沙大将立像が素晴らしかった。深沙大将というのは西遊記の沙悟浄のモデルなんだけど、その平面図のが醍醐寺の図像。それをもとに快慶が立体に起こしたのが深沙大将立像。図像の恐ろしいようなどこかユーモラスな絵柄の図を、快慶がバッキバキのシックスパックの立体に再構築していて、生き生きとしたそして畏れ多い立ち姿に。素晴らしい。この展示配置を思いついた人に感謝!

運慶快慶って鎌倉時代にどうしてこんなバッキバキの姿を生み出そうと思ったのかしら。この創作のきっかけになるような出会いがどこかであったのかしら。ローマ時代の彫刻師が温泉で足をすべらせ霊山寺の薬師湯殿にやってきたのが運慶だったのかもしれません・・・と思いたくなるくらいの表現方法の変革です。一体なにがあったのか。知りたいなー。

醍醐寺や仁和寺は真言宗だったのか、とかまだまだ知らないことがたくさんあり、また深沙大将立像のフィギュアがあったらちょっとほしいなーなどと思いながら灼熱の上野をあとにしました。

しかし、空海、ガチでずっと人気があるな。昔、母親が比叡山に旅行したとき、「伝教大師 最澄」というお寺で売ってるマンガを買ってきてくれ、穴があくまで読んだことを思い出したりした。小学生の私にはとても良いお土産でした。

 

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