島崎藤村はどれだけメジャーなのか


上田のマンホールのカラー版。
マンホールの旅 2
今回泊まった温泉の地・鹿教湯温泉で。
↑さくまりさまへ、(1点はお持ちだと思いますが)2点進呈します。
5月6日の話。
上田から別所温泉に行く道の途中、上田電鉄別所線下之郷駅が見えるのだが、そこを道路から眺めていたら、わらわらわらわらとテツな方たちがカメラを構えて集まっていらっしゃった。何ごとかと思ったけれど、その理由はその夜の地元のニュースで判明。懐かしの東急車両がその日、その駅にやってくるということで、県内外からテツファンたちがやってきた、ということだったらしい。昭和50年代に走っていたのではないかと思われる東急東横線の銀色の車両が、田園地帯を走っていくニュースの映像を見て、なんだか逆ノスタルジーに浸ったわたくし。
そうかー、上田電鉄は東急グループだったのか。だから、鹿教湯(かけゆ)温泉に、東急のホテルがあったのね。
5月7日は、小諸の懐古園へ。ここの郷土資料館で初めて江戸時代の「熨斗目」の着物を見たのだけど、ありゃぁ格好いいねぇ! あー、彼女の着物はこれだったのか、としげしげと観察する。
ちなみに「熨斗模様」と「熨斗目模様」はまったくの別物ですからね。
「熨斗模様」は、「あんな男、熨斗つけて返してやるわよーっ!」のあの「熨斗」を華やかにあでやかに色鮮やかに飾りつけた柄で、振袖や訪問着なんかによく使われる柄。
「熨斗目模様」は、着物腰のあたりに幅の広い横段に白地の格子柄を織り出し(染める場合も)たもので、お武家さんの着物。多くは、その段の上下は藍色で、私が彼女の家で見たものも藍色のそれだった。着る人を選ぶ凛々しさがあるな、と感じました。
懐古園の中には、島崎藤村記念館があるのだけど、あの人って文学界でどのくらいメジャーな方なのでしょうか? 長野の私の実家には、木曽出身の地元の文学者ということで、自然に島崎藤村歌集とか「夜明け前」や「破戒」なんかが並んでいて、面長のイケメン文学者として深く記憶に刻まれていますが、みなさんはどうだったかね? 正岡子規は私にとってメジャーな人だけど、愛媛の方々にとってはさらに偉大な人物なのでしょうね、とか、そういうご当地文学のことをちょっと考えたりもした。そんな連休でした。

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