強欲な人々の話 マイケル・ムーアの「キャピタリズム」


マイケル・ムーアの最新作「キャピタリズム」が日比谷シャンテで先行上映されているので見てきました。客席には、結構な年齢のおじいちゃま・おばちゃまたちがちらほら、四十代のこういう話題が好きそうな身なりのいい男性とか、弱社会派女子など。
うーん、これから見る人が多いと思うので、なかなか多くは語れないのですが、まー、みんな強欲よ、マジで、騙すほうも騙されたほうも。
アメリカの現状を、かつてのローマ帝国になぞらえるところから映画は始まる。今、アメリカ合衆国を跋扈している資本主義とはなんぞやというところから説きつつ、「えぇー企業って雇用者に対してそんなことまですんの?」という目を剥く強欲っぷりにびっくり。この強欲な所業を重ねてる世界的大企業(アメックスとかネスレとか!)の商品は買わないようになるかもしれない、あぁ、でも私のコーヒーはネスプレッソじゃった、ガッデム! 
その後、世界を道連れにして崩壊していった金融資本主義(まだ息の根は全然絶えちゃないんだけど)がどうしてここまでのさばったのかレーガン時代からさかのぼり解説。GMで働いていたマイケル・ムーアの父親の人生をちらりほらりと下敷きに。
イギー・ポップの「Louie Louie」で始まり、労働歌「インターナショナル」のジャズバージョンで締めたこの映画、むーん、アメリカの話と割り切れるか、日本にも形を変えてそれがやってくるのか。個人的には、株やってない人間までもが、日経平均があがった下がったなんつっておろおろすることないと思うんだけどね。
ところで、「インターナショナル」とはこんな歌。
 立て 飢えたるものよ
 いまぞ 日はちかし
 さめよ 我が同胞(はらから)
 暁は きぬ
 暴虐の鎖 断つ日
 旗は 血にもえて海をへだてつ
 我らかいな むすびゆく
 いざ 戦わん いざ
 奮い立て いざ
 あぁ インターナショナル
 我らがもの
 
資本主義を説いて、どうしてこの歌で締めることになったのかは、映画を見てのお楽しみー。

↑軽やかな感じの動画が見つからなくてすみません。字幕で表された英語の翻訳歌詞は、詩的で優雅で結構ステキでした。日本で流通している上の歌詞をあてなかったのも、なにか意味があるのかちら? なお、映画全般の字幕監修は森永卓郎氏。
サブプライムローン前後からこっち、アメリカでなにが起きていたかいろいろな箇所で見聞きしてきていたこともあって、特に目新しい発見はないかと思っていたけれど、あらためて時系列で見ると、点と点がつながっていく感じ。先日のNHKの「永田町の興亡」みたいに、歴史というものは、ちょっと時間をおいてからみるとものすごくその姿が鮮明に見える。「子供のときのあのアメリカ大統領の役目ってああいうことだったんだ!」とか、いろいろ。
今日の教訓、「足るを知ろう、幸せはそこかしこに漂っているのだよ、君が見つけてないだけで!」。
イギー先生の声が、あぁ相変わらずでステキ☆

なんのかんので、映画の冒頭で使われるところを見ると、この人の影響力って甚大だったんじゃなーと思うよ。さて、音楽から紐解こう! 今のヤングは、「インターナショナル」をソウルフラワーバージョンで知ってる人が多いんじゃないかの? ん? んん? わしもそれで覚えたよ。

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