聖夜祭洗い鉢てふ信仰や/シンクから洗い桶をどかしたが、毎回そのスペースの広さに驚かされる話

先週、ゆるりまいさんのわたしのウチには、なんにもない。をパラパラと読み返していたら、洗い桶を捨てたという一文が目に入った。

アスベル 洗い桶35型 「Nポゼ」 ホワイト 4311

いまの家に引っ越して来年で10年、地域社会にはまったく溶け込んでおりませんが、家の造作の安定さと部屋のあれこれのいちいちが大きな作りであることに感激し、なかなか次の引っ越しへの腰があがりません。それはさておき、そのいちいちが広いので、シンクも広い。調理台は狭いけどシンクは広い。夏に猫がそこに入って涼むくらいに広い。その広いシンクにいつからか洗い桶が鎮座していた。実家でも使っていたので、その延長線で自然に置いていた洗い桶。前の狭い部屋にいたときはなかった洗い桶、いつ我が家に侵入したのだ、この洗い桶!

というわけでゆるりさんの本を参考に、洗い桶をどかしてみた。うっ、シンク広い。シンクの前を通るたびに、「えっ、こんなにスペースありましたっけ?」と毎回驚く。しかも、洗い桶なくても洗い物できるし、むしろ広くてやりやすい。

 なぜいままで洗い桶を置いていたのか。

 洗い桶とは、単なる信仰だったのではないか。

 だいたい洗い桶があるから、洗い物をためてしまうんですじゃ。

 なければ水につけることもなくさくさく洗うじゃないですか、自分! 

これは、ヘレン・ケラーの「ウォーター」並みの発見。そして、家の中にただの「信仰」に過ぎないものがあるのではないかと突然気になり始めました。洗面器はつけ置き洗いのときに必要(体を洗うときに使っていないので、もしかしたら信仰案件なのかもしれない)、風呂の椅子は必要、客用スリッパの収納ってあれでいいのか、このしょぼいゴミ箱はそろそろ成仏させてもいいのではないか・・・・などなど。

けいちゃんの仕事場写真を見て、その美しさにかなり衝撃を受けました。 私の仕事場も整理されているほうだと思うんだけど、まだまだだなぁ。
先日、雨が降るとわかっていたので出掛けに撥水加工のリュックカバーを探したが、みつからなかったということがありました。その日は行く先々でタオルハンカチでリュックを拭くことになり、きちんとものの置き場所を決めておけばこのようなことにならなかったのにといたく反省しました。

しかし、おねいちゃんの結婚式の引出物でもらった、軽い鈍器になりそうな大理石の時計とか、ほんとうにどうしたらいいんだろう・・・おねいちゃん・・・・ブックエンドとしても使える置き時計だよ・・・・おねいちゃん・・・・。

年末年始は帰る実家もありませんので、ガツガツ整理整頓していこうと思います。

 

これ買っちゃう? 読んじゃう? 禁断の扉開いちゃう?

「ねぇ、これ捨ててみない?」 ふたり暮らしの片付け&掃除物語

でも先にこっちを読むのですよ!
馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください