コーヒーとカレーのランチと大女優

ちょっと気分転換に商店街のなんてことない喫茶店でランチを食べることがある。ミニサラダとビーフカレーとブレンドコーヒー。喫茶店ランチの王道であり鉄板のコースで税込み1000円。オーダーが入ると店主がカウンターの内側で業務用のレトルトカレーをなにやらしてお皿に盛り付ける姿が目に入る。しかしその業務用のカレールーはちょっとぱさついたご飯と非常に相性がよい。また、食後にいただくコーヒーが、まだ口の中に残るスパイスやカレールーの残像を一掃していくのも小気味好い。あぁ商店街のなんてことない喫茶店よ、素晴らしきかなとしみじみしながらランチタイムを過ごす。

さて、近所に往年の大女優が暮らしている。彼女の家とおぼしき場所にたまにロケ車が停まっているのを見かける。お昼時に商店街のなんてことないその喫茶店に行くと、彼女をよく見かける。一人で来ることはほとんどなくて、たいてい誰かと一緒。芸能事務所のひとがご機嫌取りにきたり、雑誌のインタビューをされていたり。ご高齢とはいえ華やかな人なので、いるだけでほんとうに花が咲いたような雰囲気になる。

でも商店街の中のなんてことない喫茶店なので、誰も注視したりしない。「ほら、あの女優さんよ。XXに出ていた」なんてヒソヒソ話をする人もいない。彼女だってそんなふうに振る舞わない。常連さんだろうに、店員に向かって馴れ馴れしい言葉遣いをしたりしない。いつもきちんとしている。だって商店街のなんてこともない喫茶店だから。

商店街のなんてことない喫茶店はすでに地域のインフラなんだよなと思いながら、たまに会う大女優の姿を思い浮かべることがある、元気かな、おうちで転んだりしてないかなと心配しちゃう。

この大女優だけじゃない、全面禁煙にしたらこなくなっちゃった極主夫道みたいな絵面の四人組は元気かしら、家族で連れ立ってくる外国人のあの一家、下のお子さんが随分と大きくなったね。言葉はかわさないし、目もかわさないけど、「あ、今日もおたくお元気でしたか?」「えぇおかげさまで」という人は他にも何人かいる。そういうひとに隣町の商店街の喫茶店で会うこともある。「浮気しちゃってますね、お互い」と気まずそうに会釈しちゃったりもする。商店街のなんてことない喫茶店に居合わせたことがあるだけなのに、なんでか変なかたちに眉毛を歪ませてみせたりする。

スターバックスでもタリーズコーヒーでもドトールコーヒーでもサンマルクカフェでもない、商店街のなんてことない喫茶店よフォーエバー、わたしと同い年の店長、これからもがんばって。応援もするよ。

おしまい。

珈琲女子 (旭屋出版MOOK)

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