田亀源五郎「弟の夫」/おざわゆき「あとかたの街」/こうの史代「この世界の片隅に」

弟の夫(1) (アクションコミックス(月刊アクション))

ゲイアートの巨匠、田亀源五郎、初の一般誌連載作品。
弥一と夏菜、父娘二人暮らしの家に、マイクと名乗る男がカナダからやって来た。
マイクは、弥一の双子の弟の結婚相手だった。「パパに双子の弟がいたの?」「男同士で結婚って出来るの?」。
幼い夏菜は突如現れたカナダ人の“おじさん”に大興奮。弥一と、“弟の夫”マイクの物語が始まる――。
「月刊アクション」にて連載中。

Kindleで。2巻まで出てます。

「パパに弟?」
「てか男同士で結婚?」
「そんなことできるの?」
父親の弥一は「だから・・・あれだ、日本じゃできなけどよその国ならできることもあるんだよ!」と返す。
「変なの!」
弥一は「だろ?」と口にしようとしたところ、夏菜はこう応える。
「こっちで良くて あっちでダメなんて そんなの変!」

最初は、寝る前にぱぁーっと1巻・2巻をさらりと読み、その翌日に1ページ1ページずつ丹念に読んでみた。読み返してみるとそれぞれの登場人物がそのまま自分にあてはまることに気がつく。「ゲイの人の家に出入りするなんて」と眉をひそめるこの主婦は私だ。「二人はゲイで夫婦だというけれど、どっちが嫁役でどっちが夫役なんだろう」と考えしまう自分を恥じる主人公もこの私だ。ポンポンと投げ出される主人公の娘・夏菜ちゃんの素朴な質問に対して、よき父親としての答えをなんとかひねり出そうとする姿は、普段LGBTのことなど何も考えていない自分にも深くささるもので、あたしゃ世の中のことをなんもわかっちゃおりませんでしたよ。読む楽しみを奪うのでこれ以上は書かないですが、あの中学生がすくすくと、自分の心配したり恐怖を覚えたりすることなく成長できる社会にしておいたほうが、みんな幸せだよね、それに対して私レベルでもできることもあるよね、きっと。

「弟の夫」を読んだあと、「あれっ、私、こういう読んどかなきゃいけない漫画を読み飛ばしてるんじゃないかしら」と気が付き、名古屋大空襲を描いたおざわゆきさんの「あとかたの街」を全力ダウンロード。出版不況と叫ばれておりますが、私の端末のKindle課金っぷりを見たら一体どこが不況なのという活況を呈しておりますよ、おろろ。最初はKindledで本を買うのもおっかなびっくりで、あれだけ慎重に購入していたのに、続け様に物語の続きが読める、本屋にわざわざ買いに行かなくて済む電子書籍はおそろしかパンドラの箱ですじゃ。家訓「うっかり『試し読み1巻無料』に手を出さない!」なんて毎週毎週打ち破られていましてよ。

あとかたの街(1) (BE・LOVEコミックス)

太平洋戦争末期の昭和19年、名古屋。木村家次女・あいは、国民学校高等科1年生。青春真っ只中にいるあいの関心は、かっこいい車掌さんに出会ったことや、今日の献立のこと。自分が戦争に参加しているなんて気持ちは、これっぽっちもなかった――。しかし、米軍にとって名古屋は、東京や大阪と並んで重要攻撃目標だった。少女・あいにとって、戦争とは、空襲とは、空から降り注いだ焼夷弾の雨とは、一体何だったのだろうか。

各都市で無辜の市民が犠牲になった大空襲がおこなわれたことはもちろん知っていたけれど、名古屋の空襲の話はあまりよく知らなかった。戦争末期に大地震があり、空襲もあったけど地震もあった、多数の学徒動員の生徒たちが犠牲になった、しかし地震のことは戦時下だったのであまり大きく報道されなかった、ということは知っていた。昭和20年3月12日、東京大空襲の直後、氷点下4度の名古屋市内の住宅街が焼夷弾で燃やし尽くされました。この物語は、主人公のあいちゃんが食糧事情の悪い戦時下を学徒動員しながら生き延び、大空襲を逃げ延び、食糧事情の悪い疎開先で窮乏に耐え、玉音放送を聞き、戦後をたくましく生きていく物語。

吉村昭や早乙女勝元なんかで空襲のことは知っていたつもりでいたけど、可愛らしい絵柄の漫画で読むとまたいろいろ発見が。作中、主人公の家に焼夷弾が落ちてくる。最初の一本はなんとか消し止めることができたけれど、二本目が落ちてきてしまい、紙と木でできた家にあっという間に燃え広がる。紙面を割く大きなコマに書かれた焼夷弾は、夏休みに子供が遊ぶ筒型の手持ち花火の大きなもののような見た目だが、如何に効率よく紙と木の家を燃やすことができるか大変によく設計されている。アメリカ人は残酷なことをしますなぁ。その焼夷弾は、母艦となる爆弾に数十本束ねられ地上70mの高さから落とされる。その音は雨が降る音に似ていて「この音がしたら終わりだって・・・」と一緒に防空壕に逃げ込んだ未亡人が言う。焼夷弾についてはWikipediaにも載ってます。

第二次世界大戦に投入された焼夷弾
M69
木造の日本家屋を効率よく焼き払うため、第二次世界大戦時に米軍が開発した焼夷弾。M69焼夷弾1発あたりの大きさは、直径8cm・全長50cm・重量2.4kg程度。38発のM69焼夷弾を子弾として内蔵するクラスター爆弾「E46集束焼夷弾」などとして投下された。投下後上空700m程度でこれらが分離し、一斉に地上へ降り注ぐ。

人体への直撃による被害
焼夷弾は建造物などの目標を焼き払うための兵器であるが、M69は小型の子弾が分離し大量に降り注ぐため、人体への直撃による即死の事例が、多くの被災者の証言により伝えられている。
例えば戦争を題材にしたアニメ・映画では、落下した焼夷弾が家屋や地面に激突し大爆発を起こし燃え上がる描写が多く見られる。だが実際には避難民でごった返す大通りに大量に降り注ぎ子供を背負った母親や、上空を見上げた人間の頭部・首筋・背中に突き刺さり即死、そのまま燃え上がるという凄惨な状況が多数発生していた。

あいちゃんの家に刺さったのは「子弾」と呼ばれるものなのか。こんなのをですね、20階建てのビルと同じ高さから落とすわけですよ、路上から見上げたら飛行機の腹が見えますよね、焼夷弾がバラバラと落とす蓋が開くところも見えましたよね、なんと恐ろしかったことでしょう。そんな中を、鍋釜のヘルメットと木綿でできた防空頭巾という貧弱な装備で市民が、女子供たちが逃げ惑ったのかと思うと。圧倒的な物量で舐めるように、芝刈り機が芝を刈り取っていくように、街を燃え尽くしていくのを、上空の空軍兵士たちはどんな思いで見ていたのでしょう。
そんな混乱のなか、消防士に「俺の家の火を先に消してくれ」と詰め寄る地域の組長の男がいて、こういう人って進撃の巨人にも出てきたけれど、きっと戦争が激しくなる前は「満州国とは素晴らしいことですな、ガハハハ」とか「真珠湾、奇襲成功!? さすがですな、ガハハハ」とか「さすがは大東亜共栄圏ですなー、どんどん進出していきましょう、ガハハハ」って言ってたんですよ、そういう今も「ガハハ」って言う人達は一定数いるんですよ、そのくせ、非常時には「俺だけを先に逃がしてくれ」と懇願するんですよ、そういうガハハな人種に気をつけなくてはなりません。谷崎潤一郎みたいに戦時中はさっさと田舎に引っ込み、じぃぃぃーっと戦争が終わるのを黙って待つのも賢い文人の生き方だったと思うんですよ。

しかし、国民全員の食事を配給制度でなんとか乗り切ろうとするような状況で、よく戦争を続けてたな、と。松脂でガソリン作って飛行機飛ばそうとか、家中の金属を徴収して溶かして再利用とか、素晴らしき日本のモノづくりの魂ではありますが、この日本固有の「気合でなんとかしようぜ」ってのほんともう止めましょうよ。女子バレーだって「気合派」の家督から、iPad片手の「データ派」の監督に変えたら、オリンピックでメダルとれましたやん。一億総活躍社会ってのは、進め一億火の玉だの言い換え版ですよね、えぇ、もう、ほんっと、そんな無駄な省庁つくるお金あったら他に使いみちございますでしょう。

多感な少女の目から、文章だけでなく漫画で、市民が巻き込まれた戦争を描いたこの作品を、長く読み続けられていきますように。全5巻なので読みやすい長さです。みなさまも是非。最終巻の巻末におざわゆきさんと、呉の空襲・広島の原爆を描いた「この世界の片隅に」のこうの史代さんの対談があり、そちらも熟読。おざわゆきさんは「作品を描いている間は、こうのさんの『この世界の・・』を読まずにいたんです」と。この辺のやりとりは作家さんの物語作りの魂みたいなものが感じられて非常に読みでがありました。

で、最後に『この世界の片隅に』を読みだす。これは去年、紙の本も持ってるけど、半額祭りのときにKindleで購入しておいた。私にとっては、iPadのKindleは、ドラえもんの四次元ポケットですよ、好きなときに好きな漫画がどんな土地にいてもすぐ読めるんですもの。『この世界の片隅に』は、だらだらと続く戦時下の日常を淡々と描いた作品。どんな時代でも人は生きて食べて恋していくんだよなぁ。

この世界の片隅に(前編) (アクションコミックス)

そのおざわさんとこうのさんの対談をちょっこし引用。

こうの 私は漫画を描く者として、たくさんある中のひとつのテーマとして「戦争」を描いたにすぎないんですね。というのも、戦争漫画は『戦後漫画の伝統』だと思っているところがあります。夏ごとに読み切りが載ることもそうですし、手塚治虫先生らも戦争体験をされてらして、その体験が傷と残り、作品となり、そこから人生観や死生観を抱いた読者の方々はたくさんいます。たくさんの漫画家さんによって描かれなければいけないと思っています。ひとりが独占して描いてしまうと他の人が書きにくくなりますし、みんなが戦争について自由に語れなくなります。(後略)
おざわ 『戦争の伝承者』とくくられてしまいがちですが、『その位置ではない部分』から描くというアプローチは大事ですよね。

はだしのゲンも読んでおこうー。

〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻

2 COMMENTS

いち

金属がないから陶器爆弾とか、
爆薬足りないから戦闘機ごとつっこめとか、
もうそれ、成立してないじゃん!てのを
精神論でどうこうしろってねえ。
今まさに、同じ轍を踏んでますよ…。

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ukasuga

いま、この時点で「ガハハハ」と言ってる人たちから目を離してはいけないんですよ、そういうひとたちがうまく生き延びて、上から「おまえたちが盾になれ」と言ってくるのですよ。気をつけましょう。

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