時鳥新聞小説てふ魔物／水村美苗「母の遺産 新聞小説」

あらすじはKindleから。
家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいて、その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?親の介護、姉妹の確執…離婚を迷う女は一人旅へ。『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が、自身の体験を交えて描く待望の最新長篇。

いーやー！！！　生々しい！　長女にはたっぷり愛情とお金をかけて、その反動でぞんざいに育てられた妹。そうはいっても香り高き中産階級のみなさんのお話で、しれっと過ごしてるように見えてあの時代にフランス留学とかしてて東京マダムは恐ろしや恐ろしや。その長女は松濤の資産家と結婚し姉妹感結婚格差も！　先の見えない介護生活にぐったりとしているさなか、夫の浮気も発覚する、それも「Ｇメール」で！　体が弱り出かけることも少なくなった母親は「ぽすれん」で借りた海外映画を見ている。なにかあるときは伊勢丹の「Ｉカード」で購入する。そんな現代の「年寄りというには若すぎる」女の物語。

いーやー！！！！　名言だらけでページを片っ端から折っていったわよぅ！　「東京タラレバ娘」や「独身ＯＬのすべて」とか読んで「結婚できない女あるある」などを指数えるのもいいけど、この老親介護を一人でやっていける自信があるならば、ひとりでいてもよくってよよくってよ、誰かと一緒じゃないと乗りきれなくってよ、その誰かが（自分より）若い女と浮気してたりして、いざってときアテになるとは限らないんだけどね、キッキッ！　いーやー、シャレにならないー！！！

この妹が主人公で、舞台は２０１０年の東京。ともに五十代の大学教授の年収１３００万の夫と非常勤講師の年収３００万の妻、二回目に買ったマンション在住でまだちょっとローンも残っていて、２人の預貯金は約四千万・・・・これって多いの少ないの？　いーやー、生々しい！！！　そんな推測するのは、わたくしもちょっとお行儀が悪いんじゃなくって！！！！

前半は細々と積み重ねられていく日本中の娘達が黙々と携わっている介護の日々、後半は暗い景色ながらも鮮やかに反転して「本格小説」ばりの大小説。まぁまぁなんてこと。この物語を読みはじめたとき、月に二回介護に帰省している私は「これは私のことか」と思い、気持ちがざわつきました。そして読み進めていく間に、明治の新聞小説・尾崎紅葉の金色夜叉というものに言及していくにあたり、あぁーーーこれでは、私も、この物語の祖母であり、母であり、ボヴァリー夫人であり、この物語の主人公でじゃないかと驚かされるのです。素晴らしトリックです。やられましたでござる、新聞小説というタイトルはここに意図されていたのですね！　さすが、日本語胆力マダム、やるなー、しびれました。このへんは読んでからのお楽しみ！　ぺりぺりと薄皮剥がすみたいに新聞小説の魔力を感じることができます。

この小説は、同世代の女達に読ませて「あるある」「うちもそうなの」とお互いを慰めるのではなく、中年男性が読むべきですよ。妻やパートナーたちは常にこんなふうにして値踏みしながら生きていて、あなたたちが任せっきりにしている（もちろんそうじゃない男性もいますよ、いますけれども！）介護というものがどんなものか、そして老後の生活について一万円の単位で計画を立てているということをつぶさに理解するべきなんですよ、ふんがー。「おまえが西島秀俊や井浦新ならば事情は違うんだがな」という言葉を常に飲み込んでいることも知るべきですよ（そんなことはこの小説では言ってませんですが）、ふんがー。

こういう女性作家が「自分の人生を書いただけ」のはずなのに、とんでもない大小説に育ってしまう事象について名前を付けたい。この本を読んだ方にはこちらもおすすめしたいです★　これもまた力づくで凄まじい小説です。

あー、おもしろかったー。あたいも箱根のホテルに長逗留しに行きたくなっちゃったわー。