降る雪や土曜夜は遠くなりにけり/ジェームズ・ブラッドワース「アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した(原題 Hired: Six Months Undercover in Low-Wage Britain)」

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

本の紹介は発行元の光文社のサイトから。
これは「異国の話」ではない
英国で“最底辺”の労働にジャーナリストが自ら就き、体験を赤裸々に報告。働いたのはアマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、ウーバーのタクシー。私たちの何気ないワンクリックに翻弄される無力な労働者たちの現場から見えてきたのは、マルクスやオーウェルが予言した資本主義、管理社会の極地である。グローバル企業による「ギグ・エコノミー」という名の搾取、移民労働者への現地人の不満、持つ者と持たざる者との一層の格差拡大は、我が国でもすでに始まっている現実だ。

google map を脇においてお読みになるのをおすすめします。そしてストリートビューで街の様子を見ながら読みすすめるとよりやるせなさが満ち満ちてきます。

著者のジェームズ・ブラッドワース(1982年生まれ)は、イギリスの左派ジャーナリスト。彼は一年低賃金労働の取材にあてることと決め、各地を転々と渡り歩く。

まずイギリス中央部の町ルーズリーでAmazonの倉庫のピッカーとして働く。地図でルーズリーを調べると高速道路を出てすぐのところにAmazonの倉庫があるとわかる。

派遣会社経由で雇用され、Amazon側からは雇用者と対等の立場であると錯覚させるような「アソシエイツ」と肩書で呼ばれ、10時間半時給7ポンド(今日の為替で996円)で労働し、厳重なセキュリティゲートをくぐってから与えられる休憩時間はわずかなもので、派遣会社からは給与が満額で払われることは少なく手続きをしてもすべてを取り戻すことは不可能で、一緒に働く人間は「ルーマニアにいても月給6万円にもならないんだ」と語るルーマニアからの移民。

かつて栄えていたこの町は炭鉱閉鎖とともに長い間活気を失い、不景気でい続けた。そこに今をときめく大企業の「Amazon」がやってくることになった。雇用や税収が増えることを喜んだ行政側は、多額の助成金を投下しAmazon用の道路を作った。しかし。
Amazonはこの地でもほんのちょっとしか納税しないし、従業員のほとんどはゼロ時間契約で少ししか賃金をもらえていない。Amazon!!! 

そんな中で一日中、足を棒にして歩き働く著者。住んでいるのは劣悪な住宅を小分けした部屋で(ルームシェアですね)一週間の家賃は光熱費込で75ポンド(10,000円)、どんなに節約して生活しても最低150ポンド(22,000円)のお金がかかり、それに対するAmazonの給与は227ポンド(32,000円)、ぴったりと行って来い! 昼間はAmazonに搾取され、それ以外の時間を支える生活基盤は貧困ビジネスにむしり取られるというこの世の無間地獄。

次は海辺の観光地ブラックプールで介護の仕事に付き、その次はウェールズで保険会社のコールセンターで、最後はロンドンで「ギグ・エコノミー」の最先端ウーバーのドライバーとして働く。この章で、ウーバーのエグいシステムを働く側から知ることができ、大変勉強になりました。介護は移動中の時間は働いたこととしてカウントされず無給(エグい)、Uberは乗客のところ行くまでの時間と下ろしてから自分のホームに戻る時間は働いていないことになっていて(エグい)、余分なお金は一円だって払うもんですかというシステム提供側の強い意思を感じ取ることができます(エグい)。

そのウェールズの章ではイギリスの炭鉱と労働・雇用の話題に長くページを割かれているのですが、わたくし、これを読んで、鉄鋼業で大いに栄えたイングランドのシェフィールドを舞台にした映画「フル・モンティ」は、あんなキャッキャと楽しんでよい映画ではなかったのだと気がついた。1997年の作品なので、UberもAmazonもFacebookもIndeed もCompare the Market もない、まだまだ牧歌的な時代だったとは思うけれども、町の働き盛りの男が失業する話だったのだ、「ロバート・カーライルのお尻ぃ!」などと喜んでる場合じゃなかったのだ、もっと深刻な状況だったのだ。

UBERの共同設立者のトラビス・カラニックは、元祖リバータリアンのアイン・ランドの「水源」が愛読者なんだそうですが、リバータリアニズムの目指すものがUberという、労働・労働時間・顧客とのトラブル・事故のリスクをすべてをドライバーに押し付け、そのドライバーから三割五分も上前をハネるエグいシステムでよいの? Uberって空き時間にふわっとできる仕事なのかと思っていたんだけど、この潜入ルポを読むと、一銭の稼ぎも産まない、お金の払われない拘束時間の長さに驚きますわよ。

著者は、アラン・シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』のアーサーはよかったという。退屈な自転車工場のしごととはいえ、問題を解決してくれる上司、頼れる父親、なによりも安定した雇用。あの時代が如何に遠くなったのか、そしてその遠い過去を懐かしむひとたちがEU離脱を選ぼうとした理由もよく理解できる内容でした。

少子化対策に失敗し、こんな困難な時代に消費税を増税し、訪日客の激増の背景にあるのはおもてなしなんかじゃなくて2020年の近代国家とは思えない圧倒的な安さが魅力なのだということが露見しつつあり、同一労働同一賃金はなんだか明後日の方向に進みそうで、とにかくウォンゴール続きの日本の話を読んでいるようで暗澹たる気持ちになった。

 

私が特に書きたかったのは、2つの世界の差についてだった。一方にあるのは、中流階級のイギリス人たちが優雅に暮らす世界。他方には、低い賃金が非人道的な家主・悪徳社長・圧倒的な絶望感と同じ意味を持つ暗く不安定な世界があった。

インターネットブラウザーを通して出前を頼み、クラブからの帰りにタクシーを呼び、紅茶を飲みながら商品を注文する…その便利さを謳歌する人物が、いつギグエコノミーの世界の住人になってもおかしくは無いのだ。

とはいえ、本を読むということは、こういう社会があると知ることができるということで、いま若い人たちにこそ読んでもらいたいと思いました。

 

Hired: Six Months Undercover in Low-Wage Britain

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