秋風邪と女の一生モーパッサン/モーパッサン「女の一生」

女の一生 (光文社古典新訳文庫)

先週末の夜、背中にゾクッと寒気がきて気をつけないとと思っていたら案の定風邪をひいた。咳こむと「これ、喉の奥で結構な炎症起きてますよねぇ」という匂いがする。辛いので横になっていた。横になって本を読んでいた。光文社が精力的に出版している「古典新訳文庫」で「女の一生」を。

 

緑色のカバーがついた「女の一生」は、母の書棚にあった。昭和の終わりにはもう既にあった。あの本が、なぜ母の書棚にあったのかいまもって謎。日本版に翻案された作品が昭和の終わり頃映画化されたりドラマ化されたりしていたので、そのはずみで買ったのかもしれない。そしてその本を、母が読んでいた姿はみたことがない。

いやいやいやいや、お母さん、こんな自然主義の小説を読む暇なんてなかったですよね?! 

仕事忙しかったし、子育ても忙しかったし、子育てが終わったと思ったら自治体の仕事したりで、元気な間は本読むような時間を作れなかったですよね。そういう時間ができた頃には、もう体を壊してしまっていて、もっとやさしい内容の親しみのある本を読んでましたよね。「シルバー川柳」とか「残したい信州の方言」とか、そういった本を楽しみにしていましたよね。なぜここに、この本が。

 

母はどんな思いでこの本を読もうとしたのだろう・・・と思いつつ、私が手を出したのは光文社の新訳版。母が持っていたものとは翻訳が違うのは想像つくのですが、全体の文体が軽やか。市川崑の犬神家の一族を大根仁が平成最後の夏にリメイクしたみたいな、「高慢と偏見」をキーラ・ナイトレイ主演でつくったときのような、「お召になっているのは確かに当時のファッションですが、メイクは最近のものだよね?」みたいな。でも他の版の書評を読んでも「想像していたより読みやすい」とみなさんもおっしゃっているので、案外古い翻訳ものも読みやすいのかもしれません。

 

それはさておき。いやーこんなに面白い小説だったとは。19世紀の終わりにこの小説が登場したときは、確かに「天才現る!!」とパリの文学界は騒然となったことでしょう。いちいち「あの農場は○○フラン」などともののお値段が書いてあるのがよい。そして主人公の悩みは、現代のわたしたちとなんら変わることはないではないですか!

どんぶり勘定し続けて没落しかかっているのに気がついてない貴族のもとに生まれたジャンヌ。赤毛のアンのような夢見がちな彼女は思春期を修道院に閉じ込められて過ごす。卒業と同時に、これからの人生が輝かしく甘い愛に満ちたものに違いないという妄想全開で娑婆というか実家に戻る。父母が暮らす海の近くの館でのんびり暮らしながら、近隣の貴族階級と交友を重ねていくうちにイケメン子爵のジュリアン(007 の Q ベン・ウィショーで再生)と知り合う。登場したそばからあたいにはわかる(そしてそれを19世紀の文章でわからせるモーパッサンの技量よ)、このジュリアンってのがどうしようもうねえケチで好色な男だってことがね。「なんてイケメン、なんてロマンチック! 私の恋の相手はこの人よ、そうよそうよそうに決まった!」ってんで、勢いで結婚しちまうんですがね・・・・というお話。

運命に翻弄されるジャンヌが愚かとも思わない。運命というか自分が選んだ男があまりにもアレって話なんだけど。いくら旦那さんがアレだったとしても、あんな○○方したら、普通もうちょっとメンタルやられるんじゃないかなって思うんだけど皆さんするっと事態を受け入れてるシーンに衝撃。

運命に翻弄されすぎてしまい彼女は自分の息子にすべての愛情を注ぐ、その息子がいなくなったら宗教に傾く、その息子からたまに届く手紙は毎回毎回まとまった金額のお金の無心。「私が得るはずだった輝かしい人生はどこにいってしまったのだろう」なんて思いもしない、その都度その都度おろおろするだけだ。ほんとに、いまの人間とどこが違うというのでしょうー。

こんな時代に小町がなくてよかったですね! 「夫は浮気ばかりしていて浮気相手の旦那に殺され、息子は家を出たっきり帰ってきません、たまに届く手紙はお金のことばかり。私の人生はなんだったのでしょう」などと投稿しようものなら、みんながみんな「あなたがそう選んだからそうなっただけのことでしょう。ちなみに私の旦那はねんしゅういっせんまんです」と書き込み殴って終わりなある女の人生の物語です。あるいは、彼女の手元に西原理恵子の本があったら? それでも彼女はおろおろし続けていたことと思います。おろおろしっぱなしの人生をあわあわと過ごしうたかたのように消えていくのもひとつの人生でしょう。「これこそが自然主義っ、それこそが文学ゥゥゥッ!」というモーパッサンの叫び声が私には聞こえるのです。そしてこういった作品に影響を受け日本の近代文学が花開いていくのですなぁ、ちょっと間違った方向に。ゾラやゾラ。

1883年に世に出たフランスのノルマンディー地方の貴族の娘ジャンヌ、1903年に登場したカナダの小さい島のアン・シャーリー。たった20年で女の一生はこうも変わるのねぇとしみじみ思いながらKindleの電源を落としました(「本を読み終えて閉じる」の最近の表現)。

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