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プロ野球2018 キモノの国のエクソダス

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写真うつしたきりで夕風でわかれてしまつた 尾崎放哉

投稿日:2018年10月18日 更新日:

尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)

自由律俳句ってどうなんでしょう。この突き放した感じが魅力的でもありますが、俳句としてはどうなんっでしょう。途中から句集を読んでいるというよりは、時系列がバラバラとなった寂しい寂しい中年男の詩集を読んでいるような気分になりました。どんな人生を歩んだ人かというと、略歴を略しながらWikipediaから

東京帝国大学法学部を卒業後、東洋生命保険(現:朝日生命保険)に就職し、大阪支店次長を務めるなど、出世コースを進み、豪奢な生活を送っていたエリートでありながら、突然、それまでの生活を捨て、無所有を信条とする一燈園に住まい、俳句三昧の生活に入る。その後、寺男で糊口(ここう)をしのぎながら、最後は小豆島の庵寺で極貧の中、ただひたすら自然と一体となる安住の日を待ちながら、俳句を作る人生を送った。代表的な句に、「咳をしても一人」などがある。

まぁまぁー!! まんぷくの世良くんみたいにビシィーッとスーツ着た優秀なサラリーマンが、いきなりつげ義春の漫画の主人公になっちゃったみたいな人生です。家族の方はたまったもんじゃなかったでしょうねぇー。東大の俳句はなんだかすごいと聞いてますが、尾崎放哉が生きた明治時代からもそうだったんでしょうか。

吉村昭が尾崎放哉を描いた「海も暮れきる」の取材中、小豆島に取材に行ったときの話のエピソードがすごい。

吉村が1976年に取材のため島を訪ねた時、地元の人たちから、「なぜあんな人間を小説にするのか?」と言われたほどで、「金の無心はする、酒癖は悪い、東大出を鼻にかける、といった迷惑な人物で、もし今、彼が生きていたら、自分なら絶対に付き合わない」と、吉村自身が語っている。

ひどいー。どうしようもないー。50年前に亡くなった人がまだこんなに鮮烈に悪し様に言われるってなかなかないことですよぅー。

 

長野県の伊那谷には、長岡藩出身の井上井月という放浪の俳人がいたようです。田舎の俳句好きのひとのいい旦那さんたちの家々を渡り歩きなんとか食いつないでいた人で、いまでこそ「井月さん」などと親しまれ句碑も作られていますが、女こどもからは「乞食井月」と嫌われていたそうな(奇跡のホワイト企業・伊那食品工業の敷地の中にも「ところてん」を詠んだ句碑があるそうな。ぴったりね!)。無類の酒好きでお酒飲んでは寝小便たれるとか、えぇぇえーいやぁぁどうしようもないー。井上井月の話はつげ義春が漫画にしてまして新潮文庫の「無能の人」に「蒸発」というタイトルで収録されているようです。つげ義春をちゃんと読んだことがないのでこの機会に読んでみようと思います。

 

種田山頭火も酒で身を持ち崩して放浪の俳人となりました。なんなのこのアル中と放浪俳人の親和性の高さ! 

「心が弱い人がお酒に溺れて漂泊の俳人となりました。世間の人にお世話になって生きました。でも彼らが残した俳句という芸術は素晴らしいですよね!」って手放しで賛成する気には到底ならないんだよなぁー。定型俳句も読めないほど世間から逸脱しちゃった人、って思っちゃだめなんでしょうか、どうでしょうか。

 

新装版 海も暮れきる (講談社文庫)

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