寒星や答えはすでにいでにけり/映画「西部戦線異状なし」

西部戦線異状なし(吹替版)

西部戦線異状なし

映画「1917」で知った第一次世界大戦における最大の会戦「ソンムの戦い」。概要をWikipediaから転載。

1916年7月1日から同11月19日までフランス北部・ピカルディ地域圏を流れるソンム河畔の戦線において展開された。連合国側のイギリス軍・フランス軍が同盟国側のドイツ軍に対する大攻勢として開始し、最終的に両軍合わせて100万人以上の損害を出したが、連合国軍はわずかな土地を獲得したにとどまり、ドイツ側は後退を最少におさえた。

大戦初期のマルヌの戦いなどに比して武器の消費量や性能も飛躍的に向上し、軽機関銃も初登場した。また当時新兵器であった戦車が初めて投入された戦いでもある。

ドイツとイギリス・フランスをはじめとする連合国の戦いでベルギー南部からフランス北東部にかけて構築された「西部戦線」。ちょうどAmazon Prime Video で無料公開されていたので早速見てみた。1930年アメリカ映画。1916~1917年に起きた戦争をその十数年後に映画として撮影したのですから、軍事訓練、残虐な肉弾戦、機能的ともいえない軍服、素朴な装備、粗末な食事風景、時代考証もしっかりと正確に再現できたのでしょう。昔の映画って、物語の舞台となった時代からそんなに時間が経過してないこともあって、リアルすぎて嘘がないように見える。

しかしこんな「戦争は虚しい」という答えを1930年に映画として訴えておきながら、その十年後に次の戦争やったりするんですから、人間ってのは、ねぇー。

戦争と腕時計

女性の装身具のひとつに過ぎなかった腕に巻き付けて使う腕時計が普及したのは第一次世界大戦からだとモノの本で読みました。当初は、革ベルトに懐中時計が収まる枠をつくり、そこにはめ込んで使っていたそうですが、振動に弱く時間も狂い正確さに欠けていたそうです。しかも当時の男性からしてみたら「女子供が腕につけるチャラチャラしたもの」という認識だったのですから、時計を腕に巻きつけるなど大変な抵抗があったそうな。
しかし、それを怒涛の波で押しやっていったのが近代の戦争だったのです。作戦遂行に正確な時刻というものが必要になり、まずオメガが作り始め、次にカルティエがパイロットのために作り、第一次世界大戦の際には軍用腕時計が一気に普及し、男の地位財として、男のアクセサリーとしてこの一世紀で一気に地位を高めていくことになったのです。

ということがこの本に書いてありました。名著ざます、みんな読もう。

いわれてみれば、「高い腕時計」をつけたがるのは男性のほうが多いように感じます。「文字盤の大きさを永遠に競っていろアルね」と「吸血鬼すぐ死ぬ」のター・チャンみたいに毒舌吐きたくなりますが、あれが男が持てる男の地位財なのですから仕方ない。

ちなみに世に記録されている最初の腕時計は、1868年(明治維新の年!)にパテック・フィリップがハンガリーのコスコヴィッチ伯爵夫人のために作ったものです。腕時計というより工芸品ですけれども、とにもかくにも「腕に巻き付ける時計」の爆誕はこの伯爵夫人の腕時計になるのです。

ここから軍用時計の普及まで50年の時間を要するわけですが、普及してから生活に浸透するまではとても早い。男が腕時計をつけるものという習慣が生まれたのはたかだかこの百年の話というわけです。

永遠の地位財としてあられせられる時計業界に、Apple Watchが殴り込んでくれたおかげで、地位財としての腕時計競争から下りていいんだと胸をなでおろした方もいらっしゃることでしょう。値踏みされない地位財。Appleは後世、地位財産業に殴り込みをかけた企業としてマーケティング史に残るかもしれませんね。

あら、このAppleのHERMESモデル、きれいね(こんなふうに地位財競争を下りたはずのApple Watchでまた新たな地位財競争がっ!)。

以上、戦争と腕時計のお話でございました。

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