君がどこにも行けないのは車持ってないから/山内マリコ「ここは退屈迎えにきて」

ここは退屈迎えに来て

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内容紹介
全然パッとしない自分も、行き当たりばったりに無意味に過ぎていく人生も、東京の喧騒にごたまぜになれば、それなりに格好がついて見えた。
ヒールで街を闊歩するようなキラキラした気分、広く浅くの友人知人との、楽しいようなそうでもないようなわいわいした時間。
でもそんなのはもうぜんぶ、嘘か幻みたい。
いまはこの、ぼんやりトボケた地方のユルさの、なんとも言えない侘しさや切実な寂しさだけが、すごくすごく、本当に思えた。
――「私たちがすごかった栄光の話」より
内容(「BOOK」データベースより)
地方都市に生まれた女の子たちが、ため息と希望を落とした8つの物語。フレッシュな感性と技が冴えわたるデビュー作は、「R‐18文学賞」読者賞受賞作「十六歳はセックスの齢」を含む連作小説集。
著者について
1980年富山県生まれ。バブル崩壊後の地方都市で、外国映画をレンタルしつづける十代を送る。大阪芸術大学映像学科卒業後、京都でのライター生活を経て上京。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞するも、本を出せない不遇の時代がつづき、みんなに心配される。本作がやっとやっとのデビュー作!

三浦展の『ファスト風土化する日本』が世に出たのはいまから10年前の2004年、その後、地方と都市の格差について論じられる機会が多くなり、昨年は「上京してきたものの、思てたんとちがーう!」な女子の生き様を描いた渋谷直角さんの『カフェでよくかかっているJーPOPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』がヒットしました。この本を読んだ人はこんなのも読んでますなところに『カフェで・・』と『ここは・・』はよく並んでおり、いつか機会があったら読もうと思っていた本です。あぁつるつる読める。

ある地方の小さな町、スポーツ万能、快活で抜け目なくて、面白くって生徒からも人気があるし、先生からも「もーしょうがないなー」とで愛され、中高時代をいわゆる「リア充」で貫き通した椎名一樹。その彼のまわりにふわふわといた女の子たちの8つの小編で構成されており、高校時代から家庭を持つまでの十五年間くらいの物語。そして、椎名一樹くんは主人公ではありません。

この中のひとつ「君がどこにも行けないのは車持ってないから」がたいそう気に入りました。

高校卒業して地元に残ってる「あたし」、バイトが終わると彼氏なんかじゃないとみなしてる遠藤が迎えにきてくれてる。車に乗ってファミレスでゴハンを食べ、家まで送り届けるかわりについでのように必ずラブホテルに立ち寄る習慣ができてる。『遠藤なんか私の彼氏じゃないのに! 椎名とつるんでた高校時代はすっごく面白かったのに!!』なんてことを考えながら、遠藤とのセックスが早く終わらないかなーて考えてる。
そんなふうにラブホで迎えた冬のある朝、夜明けに近い時刻、隣にいた遠藤のある寝姿を見て、『ないないない!!!!こんなのありえない!!!!!』とこっそりと部屋を抜け出し、歩いて帰宅しようとする。外に出てみると、自分で運転したことがないから、いまどこにいるのかが一瞬わからない。この国道を歩いて行けば家につくはず、とストッキングやタイツもはかない生足にミニスカートで歩き出す。歩き続けると横断歩道で町までやはり歩いて行こうとしてるロシア人と会う。

「なんでこんなとこ歩いてるの?」とロシア人に英語で尋ねられ、アワアワしてるうちに「ビコーズ、アイ・・・ハブ・・・ノー、カー」となんとか見つけた答えを返す。
「ドゥ、ユー、ハブ、ア、カァー?」
「ノォー!」
「ホワイ?」
「ドライバーズライセンス、ノーノー」
「ユーニードゥドライヴィングライセンス、ライ?」

ロシア人はそれを言い残しスタスタ歩いていく。

その後、「あたし」の頭はぐるぐるとまわり、は神の啓示にあったかのようにある事実にやっと気がつく。
「あたしにとっての遠藤って、もしかしたら椎名にとってのあたしだったの?」

寒さと疲れと恥ずかしさがこんがらがって、あたしはいきなりこんなことを思う。
誰にも頼らないで生きていこう。誰にもっていうか、男に。行きたいところに自力で行って、したいことをする。誰にも貸し借りはなしで、後腐れもなく。
とりあえず車だ。移動手段だ。最悪なあたしに必要なもの。ロシア人の目にも明らかな。免許とって、親に借金して、中古車を買おう。それで自分の行きたいところに行けるようになるのだ。椎名のことは忘れて。遠藤には頼らないで。

女の子は、こうでなくっちゃー!!!

「あまちゃん」の最終回で、アキちゃんとユイちゃんが二人で笑顔でジャンプして物語は終わったのだけど、あれはとてもよかった。女子の冒険、to be continued!! な感じがとてもよかった。思えばあまちゃん、海女さんになるといって途中でやめて、アイドルになるといって途中でやめて、やっぱり海女さんになるといって・・・の繰り返しで、今までの朝ドラのヒロインのように「ひとつのことに邁進する健気な女子」じゃないところが面白かった。いいんじゃない、やりたいことが決まってなくても、どこにでも行ける『免許』と『車』を手にしてるだけで。おばちゃんだからそう思うのかもしれないけど。大方の人は、「思てたんと違うー」という思いを心の中に沈めながら毎日生きてるんだと思うし、私もそうだけど、なにを「思てた」のは内緒だけど。

若い新鮮なしかも技巧派の文学を読んで楽しい時間を過ごせましたよ。

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