敦賀から姫路まで行く新快速/日本海大回り!絶景晴天びわ湖バレイを目指す、敦賀途中下車の一筆書きで行く総移動距離1000km日帰りの旅!

私には二人の姉がいて、小学生時代は「お父さんとお母さんは三女ばかりかわいがってる!」と相当いじめらていたらしいのですが(いじめられた本人は記憶なし)、親の介護もなくなってうっかり実家もなくなっちゃいそうな今になって、三人ともやるべきことも心の中に大きく存在していたものもなくなり、大変に手持ち無沙汰になってしまったからか、急に仲良くなってきた。そういった状況の中で今回は「長女の神戸出張にからめて行く、三年越しの目的地・琵琶湖バレーを目指す日帰り旅」を敢行いたしました。金曜夜に長野入してからの出発です。

行程

  • STEP.1
    06:11-07:38
    長野発 新幹線かがやきで金沢まで
  • STEP.2
    07:48-09:12
    金沢発 特急しらさぎで敦賀まで
    車内で一日の旅程を改めて確認する。セブンイレブンの小さなレシートの裏に主要駅の時刻を書き入れ旅程を完成させると、目指す琵琶湖バレーに時間が余るほど滞在することになってしまうことに気がつく。どこかでプチ観光して時間調整したいなと地図を眺め、「敦賀!キミにきめた!」。
  • STEP.2
    09:12-11:22
    超高速!敦賀観光
    タクシーで気比の松原 → 運転手さんに駐車場で待ってもらって(超親切☆)赤レンガ倉庫前で下車 → 旧敦賀港駅舎 → 人道の港 敦賀ムゼウム → 赤レンガ倉庫の敦賀赤レンガ ノスタルジオラマ → コミュニティバスで気比神宮まで → 氣比神宮 → 氣比神宮から駅まで歩くが時間ギリギリ、最後は小走りして汗かき姉妹に
  • STEP.2
    11:23-12:40
    敦賀発 新快速で近江舞子まで、各駅停車に乗り換え志賀駅まで
  • STEP.3
    12:40-16:24
    超まったり!びわ湖バレイ観光
    駅前のパン屋さんでパンを買う → 12:52 志賀駅発バスでびわ湖バレイへ → 13:05 ロープウエイのチケット買う → 打見リフト、ホーライリフトを乗り継ぎ山頂まで → 絶景 → 16:02 ロープウエイ乗り場からバスに乗り志賀駅まで戻る  16:15 志賀駅着
  • STEP.3
    16:24-17:30
    志賀駅 新快速で大阪駅下車。
    なぜか姉が京都から神戸まで新幹線で行くと思い込んでいて、私の乗車券は京都止まりになっていた。京都から伊丹空港までバスで移動するつもりでいた。しかし姉は「長野駅の駅員さんが、湖西線だったら、神戸に行くのに新幹線に乗る必要ないですよって言ってたから、よくわからんけどそのつもりでいた、新幹線の切符持ってないよ」という。

    えっ、京都から神戸までって新幹線乗らなくてもさくっと着いちゃうものでしたっけ?
    乗換案内で調べたら、志賀から三ノ宮に行くなら、このまま湖西線で堅田まで、堅田で新快速に乗り継げばあとは乗り換えなしで三ノ宮まで行けることがわかる。
    ちょっと待って! 大阪駅から伊丹空港に行くバスって浜松町のモノレールみたいな値段だったよねとバスの値段を調べたらバス代630円、京都・大阪間のJR乗車券が570円。対して京都駅から伊丹空港へ行くバスが1340円。大阪で降りたほうが伊丹空港まで少しだけ安く着くことに気が着いた、京都駅目前の山科駅で理解できた!!

    「ねえちゃん、大阪まで一緒に行くよ」「嬉しい。子供の頃わたしたち、あんなにあんたのこといじめてたのに、なんで今になって急に仲良くなったのかしらねぇ」などという話になり、冒頭に戻る。えっ、いじめてたの? あれはいじめだったのか。今でもなにかするごとに「アレクサ、あれちょっと調べてよ」とLINEしてくるのに、これはいじめの延長だったりするのか!? などとモヤモヤした想いを抱えつつ、大阪駅で姉と別れ、彼女はそのまま三ノ宮まで。

  • STEP.4
    17:30-18:14
    梅田駅周辺散策
  • STEP.5
    18:15-18:45
    伊丹空港行きのリムジンバスに
  • STEP.5
    18:45-20:20
    伊丹空港滞在
  • STEP.5
    20:20-21:20
    羽田空港着(JALのマイル的なもので乗った・節約!)
  • STEP.5
    22:20
    自宅着

金沢-富山-敦賀のしらさぎ号

まず金沢まで新幹線で行ったのが今回初めて。富山は電車と飛行機できたことがあるけど、富山以西に鉄道で行くのが初めて。自由席の乗客は1/3くらい。福井県内の駅舎のポケストップはどこも白衣を着た恐竜博士が目印になっていて福井の恐竜愛の深さを知ることとなる。富山から過ぎてすぐメガネの町鯖江を経由し、海岸線と付かず離れずの距離感で敦賀を目指す。敦賀駅着。

敦賀滞在


ここだけ昭和のままのような敦賀駅のホームを降りる。駅前は最近再開発が終わったばかりか、シンプルでわかりやすく整備されていて、明るく気持ち良い観光案内所で敦賀の名所観光地図をもらい、同じく素敵にデザインされた駅前広場でタクシーを拾い、まずは気比の松原へ。運転手さんがとても親切な方で「また呼ばれるのも面倒なのでここで待ちますよ」ということで一旦精算してもらい下車、海岸散策。

気比の松原

敦賀湾の海は、砂浜も含めて美しいではないですか。釣りをしている人もちらほら。

旧敦賀港駅舎


タクシーで赤レンガ倉庫まで移動。まずは旧敦賀港駅舎。この建物は、シベリア鉄道経由でヨーロッパ諸国と繋がる「欧亜国際連絡列車」の発着駅として賑わった時代の敦賀港駅駅舎を再現したもの。また港から現在のJR敦賀駅まで引き込み線もあり、交通の要衝として栄えた往時のようすがしのばれます。

「いだてん」の金栗さんも新橋から敦賀を経てストックホルムンに行くくだりがありましたが、この駅舎を使って出発したのでしょうか。林芙美子もここからヨーロッパに旅立ったのかしら(林芙美子は下関から朝鮮半島へ渡っての出発でした、てへ☆)。
明治時代に「新橋からパリまで行ける鉄道の切符が買えた」ってロマンチックな話ではないですか。新橋から敦賀、敦賀からウラジオストク、ウラジオストクからはシベリア鉄道で欧州まで。戦争で便数がどんどん減り、最後にはまったく運航されなくなり消滅してしまったそうですが、この港が戦時中は人道的な意味で重要な役目を果たしていくのです。

人道の港 敦賀ムゼウム

その駅舎の近くにある建物「人道の港 敦賀ムゼウム」にも寄ってみる。ムゼウムとはポーランド語で「資料館」の意味。ここは入館料100円で、しかも払いたい人だけ払って下さいという奥ゆかしい運営のご様子。

大正9年7月(1920年)には、ロシア革命に破れシベリアに送られたポーランド人の孤児たちが375名やってきます。昭和15年(1940年)には、杉浦千畝がリトアニアで発給したビザを手にしユダヤ人たち(大半はポーランド人)が辿りついたのもこの地点、まさにこの建物がある地点。着の身着のままで垢まみれになってやってきたユダヤ人たちは、ここで無料開放された銭湯で体を洗い、身につけていた時計を食料に変え、神戸や横浜に移動していったのです。

そうか、ポーランド人はそんな過酷な運命を。ウィルクの革命は失敗に終わっちゃうのか。フィクションとノンフィクションがいろいろきれいにつながった。キロランケニシパ・・・。

赤レンガ倉庫 ノスタルジオラマ

しんみりしながら赤レンガ倉庫へ移動。入館料400円。25mプールくらいの大きさの国際都市敦賀を再現した巨大ジオラマ。鉄道マニアだったら立ち寄ったほうがよい出来です。敦賀っちゅーところは、明治時代はどれほどハイカラだったことでしょう。往時の様子をちょっと勉強してみたいんだけど、とっかかりになりそうな良い本はないでしょうか。

氣比神宮


赤レンガ倉庫でちょっとお茶してからコミュニティバスに乗って北陸道総鎮守 氣比神宮まで移動。大鳥居は日本三大木造大鳥居のひとつに数えられているそうで、参道の真ん中に融雪装置がある美しく立派な神宮。伊奢沙別命を祀る小さい社が九つ並んでいて、出雲大社みたい。

「うちのウカちゃんの名前は、伊奢沙別命とかと同じくらい古い神様の宇迦之御魂神から名前をもらったのよ(うそ、本当はスタパ齋藤さんの飼ってる猫の名前が可愛かったから真似したの。新宿に引っ越してから近所の神社に祀られている神様が宇迦之御魂神と知った。これは新宿にくるためのご縁をつないだ猫だったのですよ、多分)」「えー、じゃーうちもうちの犬の名前の神社探す」「マロンちゃんって神様はなかなかいないと思うよ」などと楽しく話しながら、境内をゆっくり見とれながら歩いているとえらい時間に。「やばいやばい!1.5km先の駅まであと20分しかないよ!」ということに気が付き、駅まで小走りで走って行く。汗かき姉妹の登場ですよ。さよなら敦賀、原発と高校野球の印象しかなかったけど、唐津みたいな穏やかできれいなところ。また来れる日があるのかな。

湖西線

翻訳者の村井理子さんが「湖西線いいとこみんなおいでよ」とつぶやいてらしてて気になっていた湖西線。

敦賀を出てしばらくして近江塩津の駅を過ぎた頃に、山間の向こう、田んぼの向こうに琵琶湖が見えた。昔話みたいな風景! これはこれは!

こちらも湖岸線と付かず離れずの距離でゆっくりと進んでいく。水が綺麗で対岸の距離感が瀬戸内海みたい。なんだろうこののどかな美しさ。近江舞子駅で各駅停車に乗り換え、志賀駅に。

びわ湖バレイ

志賀駅からようやく今回の目的地「びわ湖バレイ」に。冬はスキー場、夏は高原リゾートとして楽しめるところです。ロープウエイの列に並んでいると後ろの関西弁の若いおとこのこが「ボッタクリだよな、こんなのボッタクリだよなぁ」とずっと言ってた。いやなら遊びにこなきゃいいのに。バンフ国立公園のロープウエイなんて、「こんな勾配のきつくない短距離移動のロープウエイで往復6500円!?」という高額っぷりでしたよ。


ロープウエイからリフト(別料金)を乗り継ぎ、蓬莱山山頂まで。比叡山から比良山地まで見渡せ、振り返れば日本海まで連なる山々も見える、晴れていればあべのハルカスまで見えるそうです。絶景! 登山として楽しんでいる人もいるし、遊具ではしゃいでる家族やカップルも多い。山頂でコーヒーを飲みながら景色を眺めているだけで幸せな気持ちになれる場所だった。紅葉の時期も素晴らしいんじゃろうねえ、ここ。

水の近くは天気が不安定になりがちだけど、この日は雲があったけど晴れていてよかった。

三年前、姉と姉の子供と私の合計4人で京都旅行をしたことがあった。その日は午前京都駅合流、午後にびわ湖、という日程でいたのだが、長野から特急しなのでやってくる姉家族が豪雨のため木曽で数時間足止めをくらい京都に到着したのが午後3時。仕方なく琵琶湖を諦め、鉄道博物館に行き先を変えたのだった。このとき以来の宿願を果たせた姉の晴れ晴れとした顔を、私はしばらく忘れない。

そして神戸

志賀駅に戻り、堅田で新快速に乗り、みみっちい計算をして大阪まで乗っていく。敦賀から姫路をつなぐ新快速、素晴らしい。これで特急料金を取らないとはどういうことかしら、JR西日本は算数ができないのかしら。ありがたい。

大阪駅で別れ、姉はそのまま神戸へ向かう。私は丸ビルから伊丹行きのバスに乗ることに。

大阪駅に降りたのは10年ぶりくらいじゃなかろうか。新しく生まれ変わった大阪駅のキラッキラぷりに驚く。私の知ってる大阪駅ってもうちょっとこう、がさがさしてて、道がわかりにくかったけど、なんじゃこらー、いつの間に近未来に先に行ってしまったのか、大阪駅! だから駅名変える動きなんかが出てるのか。うへえ、この商業ビルの中にスターバックが3軒もある、しかもタリーズも2軒ある、どういうこと? 駅前の変貌にクラクラしながらバスに乗り伊丹空港に行き、がんこ寿司の塩ラーメンを食べて塩分補給で体力を戻し、ラウンジでアサヒスーパードライを二杯飲み、飛行機に乗って帰りましたとさ。

総移動距離 1,000km

長野-伊丹空港間533km、伊丹-羽田は空の上で約400km、陸路なら500km、総移動距離1000kmの日帰り旅となりました。みなさまもぜーひー。

 

福井「地理・地名・地図」の謎  意外と知らない福井県の歴史を読み解く! (じっぴコンパクト新書)

1 Comment

シモムラ

湖西線、いいですよね!!
坂本まで湖西線、坂本からは京阪に乗るのが好きでした。
何年も琵琶湖に行ってないですが、また行きたいものです。

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