ロッキーでホロケウカムイに会いました/「狼の群れと暮らした男(原題 The Man Who Lives with Wolves)」ショーン・エリス

狼の群れと暮らした男

狼の群れと暮らした男

高野秀行さんと角幡唯介さんの対談本「地図のない場所で眠りたい」のおすすめ探検本コーナーで進められていたので読んでみた。

角幡さんが「これ本当なんですかね」と切り出し、高野さんが「俺もそう思った」で返すところからこの本の紹介が始まる。

1965年イギリス南部農村生まれのショーン・エリス。中卒で就職し(1965年産まれだったら日本でもそういう人はたくさんいたので驚くことではない)、さまざまな職業を経たあと入隊しサバイバルに適応した体をうっかり作り込み、しかし動物に、とりわけ狼に惹かれる気持ちを抑えることができず、その世界に飛び込みやがてアメリカのロッキー山脈を目指す。「僕は狼ですよー、人間じゃないんですよー」と軽装で食料もろくに持たずに山に入る。山の中で狼と同じものを食べ、狼と似た匂いになるようにして過ごす。数ヶ月の後、遠巻きにみていた斥候役の狼がやってくる。そこからまた四週間ほど時間をかけて距離を縮めてくる。その狼に導かれ、やげて彼の群れと一緒に暮らすようになる・・・・・

ほんとかよ!!! 誰も確かめようのない彼だけの冒険譚! ですが、狼の気持ちが誰よりもわかる人間であることは間違いなさそう。

読みながら彼の足跡をgoogle map にピンを刺して追っていった。人はこんなに自由に広範囲で生活していいのかと思わされ、私の人生ちっちぇなぁとしょんぼりした。狼に対する接触の仕方がまるで「ゴールデンカムイ」の姉畑支遁先生のようで、彼の姿がちらつくのを振り払いながら読みふけた。

動物園やイエローストーンの国立公園で彼が接した狼の話はとても興味深い内容で、収録されている狼の写真も素晴らしく、またBBCやナショナルジオグラフィックで特集されたこともあるそうなので映像ソースも探せそうです。それにしても、バッタを倒しにアフリカに行った人に比べて、なんとも体当たりでがむしゃらすぎる。「狼の扱いは上手だけど、人間の女の扱いは最低だな」と、彼に振り回された女性たちの人生を思いやったりもした。また、犬を飼ってる人が読むと学びがありそうですし、ブリーダーのところで子犬を貰いに行くときにはこの本の内容が必ず役に立つことと存じます。ポーランドで野生の狼に荒らされている農村地帯の問題を解決する段も興味深かった。暗くて深い美しいヨーロッパの原生林と、世界の繁栄から取り残されたかのような貧しい農家の家畜を襲う狼。ここ20~30年の話だと思うんですけど、その貧しさたるや。

とにもかくにも、自分の生まれと十年も違わない人がこのような人生を生きていることに衝撃を受けました。

1970年代のイギリスの農村風景

著者は少年時代、ノーフォークという田舎町の農村で祖父母に面倒を見てもらい育ちます。祖父は優しく物知りで森のことも動物のこともなんでも知っていて、その知識をすべて孫に教え込みます。少年もうさぎや狐といった森の動物たちと仲良くなっていきます。1970年初頭の話だと思いますが、まるで童話のような暮らしぶりです。

しかし実生活は厳しい。家は小作農なので働き詰め。著者は「父は名前も知らない、母親は家にいなかった」と書いています。母親はロンドンで働いてて実家に仕送りでもしてるのかなと思っていましたが、実はそうではなかった。一緒に暮らしていたけど日雇い仕事に出続けており、朝は早く、夜の帰りは遅く、彼女のその収入で一家は暮らしていたのです。当時は日雇い労働のひとたちをバスに詰め込んで、遠い場合は片道2~3時間かけて大農場でじゃがいも掘りなどの仕事をしていたそうです。おかあさん、、著者のおかあさん・・・! 苦労なさったことでしょう。

ロンドンでクイーンが「戦慄の王女」をリリースしたような時分に、片やノーフォークの農村では昔ながらの農法でじゃがいもを掘っている家族がいたわけです。いや日本でもそういう農家はあったと思うけど、あの時代にまだ地主に生殺与奪を牛耳られている暮らしがあったということに驚き。

また、著者は複数回の結婚をし多数のお子さんをなすわけですが、奥さんの連れ子もまとめて面倒見るということが何回かあるわけですよ。ブレイディみかこさんの本でイギリスのそういう婚姻の姿があることは知っていたけど、イギリス人が書いた本にそういう箇所をみつけて「ほんとなんだ!」と答え合わせになったり。

この本のおかげでイギリス南部には豊かな自然を生かしたサファリパークがあることも初めて知ったし、イギリス軍や農村地帯の暮らしなど多方面からイギリスという国を知ることもでき、なんというか大変お買い得な探検本でした。ご興味あればぜひ。

 

Spirit of the Wolf: Mythical Hunter of the Wilderness

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