ハードカバー版では、萬鉄五郎の「かなきり声の風景」という迫力のある作品が使われています。読み終えると、この短編集にぴったりの絵なんだとすっと腑に落ちます。
この短編集に収録されている5つの短編は、すべてセックスを避けて通ってない。まったく避けてない。4つめの「ignis」という、この世のものともあの世の話とも見分けがつかないぼうぼうとした短編がすごくよかった。光があるけれど視界はまるで効かなさそうな世界の話をこんな風に書けるのは、夏目漱石と川上弘美さんと近藤ようこさんくらいだと思います。ほんとに、稀有で不思議な作家さん。
素人の書評サイトで川上弘美の芥川賞受賞作「蛇を踏む」について「こんなわけのわからないものが受賞するなんて。ほんとうにさっぱりわけがわからない!」と怒ってる年配の男性の書き込みを見た。少々、嫉妬にかられているような書きぶりだったけれど、読者がわかるとかわからないとか、理解できたとかできなかったとか、共感してほしいとかしてほしくないとか、そういうことを映画監督とか小説家は全く考えて作ってないと思うよ、どうどうどう、おじさん、ってそのときは思ったし、今もそう思ってる。共感できなくたってええんやで、だってそれはあなたの物語ではないんだもの。でも、こういうぼうぼうとした世界があるってことを知っておくだけでもよいと思うの。
新宿三丁目でゴハン食べてたときのこと。
話の内容から映像制作系の仕事をしてると思われるアラフォーのカップルの隣の席になった。「万引き映画見る?」などと話してる。「私、是枝監督作品は全部見てるつもりなんですが、ああいう犯罪映画からどうやっていい話にもってくんでしょうね?」と女性のほうが。
いやいやいやいや、きみきみ、予告編のナレーションで物語のネタバレといってもいい核心ついたことをしれっと言ってますやん。もひとついうと、犯罪を描くのを目的とした映画じゃないと思うし、是枝監督作品って「いい話」っていうより目を背けたいような物語ばっかりな気がするんだけど。
でも、こういう人たちが、町山さんや宇多丸さんの過剰な映画解説をきいて「すごくよく理解できました!」ってツイッタに書くんだろうな。今回の川上作品の中で「不誠実な語り手」が物語をすすめ最後に切ないどんでん返しで幕切れるというお話があったんだけど、「そういうのもわかりにくい!」とプンスカ怒るんでしょうー? いやはや、いやはや。もちろん、町山さんも宇多丸さんも罪はないんですけれども、いやはや。